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10.アオハルくんの疑念
杉田くんとの初体験があった花火大会も、暑い暑い夏休みも終わるとまた普遍的な高校生活が始まる。杉田くんはあの夜たぶん、野球部の仲間達に嵌められたのだろう。『穴場』だと連れていかれた縁日会場外れの神社裏の丘は、カップルが密やかにいちゃつくアベックスペースだったのである。でも、野球部の奴等もなかなかやるじゃないか。僕と杉田くんがそういう仲だってわかっていて、進展を願って(?)僕等をそこに導いたのだ。それくらい、小動物めいたカマトト美少年である僕『水谷 栞』と、野球部の爽やか青春少年『杉田 泉』くんの仲は、縁日で不良三人組が言っていたように噂になっている。こうなること、外堀を埋めると言う意味では僕的に計画通りだったのだけれど、しかし文化祭の準備に忙しい秋の放課後。準備作業をサボって漫研で仲間と屯している僕の知らないところで、懲りない女子が爽やかで(文化祭の準備などの時特に)頼りになる杉田くんに、こそっと話しかけていたのだ。
「ねえ、杉田くん」
「ん、なんだ?」
普段女子には少しぶっきらぼうな杉田くんだけれど、文化祭の準備というような作業の時は別だ。クラスの皆で協力し合って、僕のクラスはきぐるみ喫茶の開店を目指しているから女子も男子もこの時ばかりは関係無い。助け合いの精神で杉田くんは看板作りをしながら、そのスクールカースト半ばに位置するフツーめ女子の言葉に耳を傾ける。
「杉田くん、あのね……杉田くんって本当に、水谷くんと仲良しなの?」
「っ!? み、水谷はそりゃ、俺の大事な友達だよ」
「それだけじゃないでしょ? 知ってるとは思うけど、噂になってるよ」
「……あぁ、うん」
杉田くんは照れくさそうに頬をかいて、その女子から目を逸らす。すると、女子はひそっと声を潜めて僕のいない所で(まあ作業をサボっている僕の自業自得だが)、許せないことに杉田くんに内緒話をする。杉田くんも何気なく、女子のその内緒話を聞いてしまう。
「ねえ水谷くんって男の子だけど、男子を誘惑して遊ぶのが趣味なんだよ」
「ハッ!? 何言って……」
「杉田くんのことも、水谷くんはからかって面白がってるんだよ。だって水谷くん、二人の噂を流した張本人だもん」
「えっ、水谷が、」
「だってそもそもは水谷くんがルイちゃんに、『杉田くんと僕は両想いだ』って言ったんだって」
「ルイ……って、ああ、あの」
ルイちゃんというのはかの日、身の程を知らず杉田くんに告白してきた女子だ。確かに僕が彼女に『邪魔しないでよね』と釘を刺した。ルイちゃんはその後、そのことを女子達に相談したのだ。だからそのまま『杉田くんはホモ』という噂が流れてしまったのだ。その噂と、元々あった僕が男子を弄んでいるという話が絡んで、女子の間では最近は、僕が杉田くんを弄んでからかっているということになったらしい。おまけに縁日デートしている僕等まで、クラスメート達は目撃していたらしいから今、こういうことになっている。こういうことになっていることを、作業をサボっている僕は知らない。
「ねえ本当に、気を付けた方が良いよ」
「……んなこと言ったって、」
「それとも杉田くん、本気で水谷くんのことが好きなの?」
「えっ」
「そうだよね、違うよね」
「……」
「じゃあ、そういうことだから」
勝手に納得した様子の女子を視線だけで見送って、一緒に作業していたクラスの男子に見当違いに『なんだよ杉田、モテモテじゃねーか』とからかわれている杉田くんは複雑そうに眉を曲げて考え事をする。即ちそれは本当に、杉田くんを困らせている噂を僕が流したのかどうか、ということである。
(悩んでても仕方ないな……野球部の連中にも聞いてみるか)
杉田くんも馬鹿じゃないから、あの日自分が部活仲間にはめられてあんなスポットに僕を連れて行ってしまったことにもう、気がついている。そして最中、僕が思わず上げた言葉を思い出す。『あっ♡ ナカ出しっっ♡♡』。性に疎いはずの純粋な僕が、『中出し』という言葉を知っていたのに後になって疑問を覚えているのである。そりゃあ、普通の高校生ならそれくらいの知識もっていて当然だけれど、僕は今の今までカマトトぶっていて、保健体育の授業もサボりがちだし、セックスだって『礼子姉ちゃんに教えてもらった』ことにしていたのだ。杉田くんは女子からの言葉もあり、僕の存在に少し、この文化祭準備期間に疑問を抱き始めていた。
「時間無いからコスプレはパスねー」
「栞きゅん! 栞きゅんがモデルの男の娘本のサンプルが届きましたぞ!!」
「へー、ってこれ十八禁じゃん。お前年齢サバ読んで活動してるだろ」
「ハッハッハ、まあいいじゃないか栞きゅん。とにかく読んでみたらどうですかな?」
「まあ良いけど……ちょっと僕こんな下品なこといわないよ!!」
などとのほほん漫研仲間と過ごしている僕はまだお気楽で、むしろ杉田くんとの初体験が済んだことに上機嫌で、そのこと(杉田くんの疑念)に気がついていなかった。
***
文化祭当日。いまだに大事な言葉を杉田くんに言わせることが出来ていない僕は、今日こそ杉田くんに言ってもらいたいなぁ、と。杉田くんと一緒に文化祭を周りたいな、と考えて高校に登校した。しかしそんな上機嫌の美少年の僕に、待っていたのは残酷な現実であった。
「水谷くん! やっとクラスに顔出した!!」
「えっ、ナニ?」
「水谷くん、全然準備の手伝いしなかったんだもん。ペナルティでこれ!!」
「えっっ」
クラス委員のメガネ女子に、僕はドサッと手に持ちきれないくらいのクマのきぐるみを渡されて、目を白黒させる。委員長は厳しい視線でニッコリ笑って言う。
「知ってると思うけどウチのクラス、きぐるみ喫茶だから。それ着て今日は一日中、校内を宣伝して周ってよね」
「はぁっっ!!? 何で僕がそんなことっ」
「『ペナルティ』だって、言ったわよね?」
「うっ……」
ここに来て自堕落さのつけがまわってくるとは。助けを求めて杉田くんを探しても、杉田くんは野球部の方の出し物の準備でクラスにはいなかった。それにこの委員長の押しはかなり強い。委員長曰く、二日目はある程度自由時間をくれる、らしい。『じゃ、よろしくー』と言って委員長は忙しい物品整理に回って、僕は僕でクラスの皆に少し笑われながらしかたなく、そのクマのきぐるみにその場で着替えて、宣伝用の看板をもってふらふらと校内を歩きだした。
「あれ、水谷は?」
その五分後。野球部のお好み屋台から駆けてきた杉田くんが、すっかり喫茶店の準備が出来たクラスに顔を出すと、僕を探してクラスの男子に尋ねる。
「あー、水谷なら委員長のお使い」
「委員長の?」
「うん、アイツ全然店の準備の手伝いしなかっただろ? だから今日はきぐるみ着て歩いて、一日中クラスの宣伝係だってよ」
「……そっか」
確かに杉田くんも、僕がクラスに居ないことは準備期間中気にしていたのだ。僕の処女を奪った杉田くん。童貞を卒業(?)した杉田くん。あれから何気ないやり取りをスマホでしたり、昼食を一緒にとったりはしていたけれどあの時のことは一切話題に出さなかった意気地無しの杉田くん。いいや、本当にそうなんだろうか。恋に意気地がないのは本当は僕も……。思って校内を歩きながら、子供達にちょっかいをかけられながら僕は汗だくで(くそっ、委員長め……)と心の中で悪態をついていた。
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