1 / 3

1

テレビをつければ、今夜の天候悪化を警戒するよう、しきりに呼び掛けを行っていた。 落雷、大雨、ゲリラ豪雨の可能性。河川の増水や崖崩れ、交通機関の乱れにも注意をと、命を守る行動を呼び掛けている。 もうすぐ夕方のニュースが終わる。 雪哉(ゆきや)は、いつもは印象的な明るい瞳を力なく揺らし、栗色の髪を両手でくしゃ、と掻いた。その手は、心なしか震えているように見える。 彼は一つ息を吐いてソファーから立ち上がると、ベランダのガラス越しに見える、暗く渦巻く分厚い雲の流れを目にし、カーテンをしっかり閉めた。それから部屋中の照明をつけ、カップに温かいコーヒーを注ぐと、タオルケットを頭からすっぽりと被る。そのまま、ソファーにうずくまるように腰掛けると、テレビの音量を近所迷惑にならない程度に高く設定した。ニュースが終わったテレビの中では、芸人達が軽快なトークと共に明るい話題を届けてくれている。いつもはあまり見る事のない番組だったが、今はくだらないと笑えるくらいの番組が丁度良い。何も考えずに笑わせてくれる芸人達が、今の雪哉にとっては心の拠り所だった。 なるべく冷静に、平穏に心を保つ事。雷の驚異は、すぐそこまで迫ってきている。 もう誰も守ってくれる人はいない。いつまでも雷が怖いなんて怯えてはいられない、子供じゃないんだから。 ゴロゴロと遠くに聞こえる雷鳴に、雪哉はぎゅっと唇を噛み締めた。テレビの音量を上げようとして迷い、ヘッドホンで音楽を聞いた方が雷の音も聞こえず気が紛れるかもしれないと、タオルケットを頭から被ったまま恐々と動き出す。安心出来る筈の自宅で、こんなにも緊張と警戒に支配される日が来るとは思わなかった。 雪哉は、2LDKのこの部屋で一人暮らしをしているが、ここにはつい最近まで同居人が居た。友人の使っていた部屋の前で思わず足を止めたのは、女々しさ以外の何者でもない。怖くて心が弱っているから、普段はしっかり蓋をして鍵を掛けていた気持ちが、軋んで歪んで溢れ出す。 ザ、と雨が強く降り出す音に体が震え、カーテンの隙間から見える稲光に足がすくむ。ヒ、と悲鳴が喉奥に消え、もうその場から動く事が出来なかった。ゴロゴロと唸る雷は酷く不機嫌そうで、心が、体が、今にも握り潰されてしまいそうだ。あり得ないと分かっていても、根付いた恐怖は簡単には消せないもの。それこそ年齢も性別も関係ない。 轟々と音がする、また光った、ピシャッ、と空を切り裂くような音と共に、天からまるで大砲でも撃ち込まれたかのように響く雷の落ちる音。雪哉は震える体を掻き抱いて、必死に耳を塞ぎ自分を守ろうとする。 怖い。光が見える、怖い、雷の怒った声が轟く、怖い怖い、助けて助けて誰か。 「…夏樹(なつき)、」 頭を抱えて床にうずくまる。ピカッ、と光が見えて、雪哉は更にきつく目を閉じた。ピシャッと空を割る稲妻が空を掻き乱し、再び雪哉に大砲を向けてくる。 怖い、助けて、夏樹。 ぎゅ、と噛み締める唇。ドゴォ…ンという音に身をすくませた時、「雪哉!」と叫ぶ声が聞こえた。 「え、」 驚く間もなく抱きしめられ、ピシャッ、と怒る雷から、守るように震える体を包んでくれる。ド、ド、と走り続ける心音が、その温もりに包まれただけで安心して、強ばった体が次第にほどけていくようだ。 「大丈夫か?ごめんな、遅くなって」 耳に心地好いその声に、ぽろぽろと涙が溢れだした。 「もう大丈夫だからな、怖いことないからな」 ぽん、と宥めるように頭を撫でるその手は、震える体を包むその体は、雨に濡れて冷たく滴っている。この雷鳴轟く雨の中、彼は駆けつけてくれた。それだけで、もう胸はいっぱいだった。 「夏樹、」 今日だけは、今日で最後だから。 雪哉は自分に言い聞かせながら彼に手を伸ばす。濡れた服を掴んでしがみつけば、夏樹は「大丈夫だから、大丈夫だから」と繰り返しながら、きつく抱きしめてくれた。

ともだちにシェアしよう!