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「…悪いな、大事な時に」
雷が遠ざかり、雪哉 はタオルケットを脱いでソファーに戻ってきた。外はまだ雨が降り続いている。
「今更だろ?今夜は泊まってもいいか?」
帰る気なら帰れないことも無いが、きっと雪哉を心配しての事だろう。そう感じながらも、夏樹 が側に居てくれる選択をしてくれた事が、雪哉にとっては嬉しかった。その理由は、雷への恐怖心が残っているから、だけではない。
「…それこそ今更でしょ、ここは、元は夏樹の家でもあるんだから。でも、良いのか?彼女」
「ああ、今、実家に居るんだ。どうせ俺も、帰っても一人だからさ」
コーヒーを入れ直してくれたのは夏樹だ。彼の言葉にほっとして、思わず雪哉の頬は緩んでしまう。それを誤魔化すように相槌を打ちながら、雪哉は身を乗り出してカップを受け取った。
「お前のコーヒー久し振りだな。何度いれても同じ味になんないんだよなー」
「なんだよソレ、ただのインスタントコーヒーだって」
そんな雪哉の様子を見て、夏樹はホッとした様子で笑った。きっと、雪哉がいつもの調子を取り戻したので、安心したのだろう。
「じゃ、ちょっとシャワー借りるな」
「うん、替えの服出しとく。タオルの場所は分かるよな」
「うん」と頷いて、慣れた様子でバスルームに向かう夏樹の背中を、雪哉はぼんやり見つめた。
短い黒髪に、雪哉より少しだけ背が高く、広い肩幅。その背中に、何度抱きつきたいと思っただろう。そんな事を思いかけ、雪哉は、ハッとした様子でカップをテーブルに置くと、慌てた様子で自分の部屋に向かった。替えの服を用意しなくちゃと、浸りそうになった夏樹への思いを、急いで切り替える。
そして、適当に引っ張り出した部屋着を持ち、バスルームに向かった。
「着替え、ここに置いとくな!」
脱衣所でバスルームの中に声を掛ければ、「ありがとう!」と、籠った返事が聞こえてくる。雪哉はそれを聞き届けると、すぐにバスルームから離れ、リビングに向かい、再びタオルケットを頭から被ってソファーに座った。
ド、ド、と心臓が煩くて、雪哉はそんな自分に困惑していた。
夏樹がこの部屋に居て、何気ないやり取り一つ一つが、まるで過去に戻ってしまったかのような錯覚を起こさせる。
雪哉は、夏樹に恋をしていた。けれど、その気持ちを伝えるつもりはない、ましてや夏樹はもうすぐ結婚するのだ、こんな気持ちを持っていたって何も良いことなんかない。
だから、夏樹がこの部屋を出て彼女と暮らす事を選んだ時から、雪哉は必死で自分の気持ちと向き合ってきた。夏樹を追いかけようとする心に蓋をした。
でもそれは、もしかしたら、夏樹が側に居なかったから、気持ちに蓋が出来たと勘違いしていたのかもしれない。
今はすぐ側に夏樹が居て、それが自分の為だと思ったら、気持ちの蓋なんてどこかへ行ってしまって。
手離した筈の夏樹への想いがどんどん込み上げてくるようで、雪哉はただその気持ちを振り払うのに必死だった。
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