1 / 6

第1話

梅雨の最中、久しぶりに晴れた朝。校門前を埋め尽くす、人、人、人。久住は同じ制服を着た何十人もの生徒の中に目当ての背中を見つけ、人波を縫って近寄る。 「吾妻(あづま)、はよ。」 「あ、おはよう。久住(くずみ)。」 器用に人を避け、歩きながら本を読んでいた吾妻へ並び声をかければ、ちゃんと本から顔を上げて挨拶を返してくれる。合いそうになった目から逃れるように吾妻の手の中の本へ視線を落とすと、タイトルの横の数字は”5”と書かれている。 「……昨日読んでたの、1巻じゃなかったか?」 「いやー面白くってさ、止まらないんだよ!!」 「にしても読むの早くね…?」 「ははっ、徹夜!」 なるほど。楽しそうに輝く目の下には薄っすらと隈ができていて、心なしか肌の血色も良くない。それでもまぁ、ここが良い、あの文章が刺さる、展開がどうのこうのと喋り続けている様子は生き生きとしているし、高校生なんてそんなものだろう。久住は特に言及することもせず、止まらない吾妻の語りに相づちを入れながら聞き続ける。 二人は靴を履き替え校舎へ入る。久住は吾妻の横を歩きながら、次から次へと言葉を続ける吾妻を横目で見る。読書が好きな吾妻には悪いが、男子高校生らしく活字に興味がない久住にとって話の内容は割とどうでもいい。ただ、興奮のあまり身振り手振りを交えて話す吾妻を見ているのがなんとなく心地いいから、この時間が長く続くようなるべく話の続きを促した。 数分ののち1‐Cと書かれたプレートが二人の視界に入った。すとん、と久住の世界から色が落ちる。吾妻は必ず教室の前で話に区切りをつけるから、今日も強制終了だ。 「あ、また俺ばっかり喋ってたな。ごめん。」 「いや別に。半分くらい聞き流してっから気にすんな。」 「なんでだよ、聞き流すな。」 「おう。」 教卓の目の前が吾妻の席で廊下側の一番後ろが久住の席。吾妻は教室に入るとまっすぐに自分の席へつく。久住もまた、一拍ののち自分の席へ向かう。 荷物を置き、座る。するといつものように仲の良い友人達が机の周りを囲み、それぞれが楽しそうに会話しだす。初めのうちは久住も参加していたのだが、今日はなぜだかその輪の中に入るのが煩わしくなって、逃れるように机に伏せた。 冷たい天板の温度がじわりじわりと沁みていく気がした。

ともだちにシェアしよう!