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第2話
チョークが黒板を打つ硬い音、開いた窓からふと流れ込む風の音、そして教科書を読み上げる低い音。そこまで勉強に力を入れていない久住 にとって授業の音は眠気を誘うものでしかない。特に、1年C組担当の男性国語教師は声が低く、独特のゆったりしたテンポで話すものだから、クラスの半数は眠気と戦いながら手を動かしている。
教師が黒板に向かったのを見て、久住は頬杖をついて壁に頭を預ける。廊下側ではあるが凭れる壁があることは有難い。ノートを取ろうにも頭はもう働いておらず、ミミズを量産するだけなので諦めた。ただぼーっと前の方を眺めていると、教卓の真ん前の頭が不規則に揺れていることに気が付く。どうやら吾妻 は授業中にもかかわらず読書中のようだ。
教師が振り返ると揺れが止まり、また教師が背を向けると揺れ始める。振り返る、止まる、背を向ける、揺れる。
あいつ、センサーでもついてんのかよ。
吾妻は席替えの度に目が悪いからと志願してあの席を選んでいる。とはいえ眼鏡もかけてないしコンタクトもしていない。だからみんな吾妻のことを”積極的に勉学に励もうとしている真面目な良い子ちゃん”だと思っている。
だが周りが気づいていないだけで、実際は本を読み、漫画を読み、スマホ小説を読み、挙句の果てにはクロスワードやナンプレ、間違い探しなどのパズル雑誌で遊んでいることもある。”積極的に勉学に励もうとしている真面目な良い子ちゃん”?勘違いも甚だしい。
あれは”積極的に趣味に励むために灯台下暗しを実践してるただの男子高校生”だ。
吾妻の姿勢が変わった。キリの良いところまで読み進めたのか、消されないうちに板書を書き写しているのだろう。黒板を見たり、手元を見たり、教科書を見たり、先程とは違う意味で頭が忙しなく動いている。
吾妻はああやって好きなことをしている時も多いが、板書や宿題などは物凄くきっちりしている。一度ノートを見せてもらったことがあるが、黒板のものをそのまま書き写すのではなく自分なりに内容を噛み砕いて、メモを書き足したり纏め方を工夫したりしていた。
ここから見えるのは頭だけだが、あいつの脳内はああでもないこうでもないとノートのレイアウトを考えているのだろうか。
なんとなく。なんとなく、久住はシャーペンに手を伸ばす。芯を出す。頬杖を解く。椅子に座りなおす。
授業終了まで残り20分。なんとなく、今日は眠気に勝てる気がした。
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