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第6話

久住(くずみ)吾妻(あづま)を一人の人間として認識しはじめたのは、一学期中間考査を終えた六月頭のことだ。 月が変わるということで、1-Cではホームルームの時間にこのクラス初めての席替えをすることになった。運要素の強い席替えは、学生だからこそのイベント。教室内が浮足立つ。そのざわつきを切り裂くように、一人の生徒が手を上げた。 「先生。俺、目が悪いので教卓の目の前の席がいいです。」 先月も聞いたその台詞に盛り上がっていた教室が一瞬静まる。 「お!吾妻は勉強熱心だなぁ~。」 「違いますよ、目が悪くて黒板が見づらいだけです。」 「そうか~?」 担任の言葉を否定するように苦笑いで返すも、吾妻は慌てるでもなくあくまでも目が悪いからだと念押しする。他に前の席を優先してほしい人はいるかと担任が問うも手は上がらない。そりゃそうだ。一般的に人気なのは後ろの席で、前に近づけば近づくほど、そして中心に近ければ近い程ハズレの席なのだから。 そうして、くじを引くことなく教卓の真ん前という大凶の位置に当たる席が埋まった。 数字が書かれた白い紙を四つ折りにしてビニール袋に入れた簡易的なくじが、教室を回っていく。窓側がいい。友達と近ければいい。とりあえず最前列は嫌だ。再び盛り上がる教室内。しかし口には出さないが多くの生徒が思っていた。 吾妻ってもしかしてめんどくさいやつ…? 正直な話、クラスの殆どがついさっきの出来事が起きるまで吾妻という人間を認識していなかった。 休憩中は本を読み、昼ご飯もふらっとどこかに消え、用事がなければ話しかけてくることもなく、自己主張することもない。もうすぐ入学式から2か月経つというのに友人らしい友人を見かけるわけでもない。なんならさっき吾妻が手を上げるまでそんなことさえ気づいていなかった。 そんな人物が初めて見せた自主的な行動が、目が悪いから前の席がいい、だ。 異物に敏感な高校生たちは僅かなピースをかき集めて妄想する。 レベルの高い進学校に行くつもりだったが受験で失敗してこの高校に来たのかも。え、同じ中学のやついないの?知らない。俺も知らない。じゃあそうなのかもよ。実際、小テストとか点数良いよね。馬鹿っていうより賢いイメージのが強い。 というか友達作ろうとしてる風には見えないよな。分かる。ずっと本読んでるし、話しかけづらい。分かる!あれか、学力が違うやつとは話が合わないから的なやつ?えそれはヤバい。いやでも今のところそんな感じはしない。そーね、今のところ下に見てきたりはしてないよね。 えーでもさ、黒板見えないと確かに困るけど、手上げてまで前に行く?てか別に真ん前じゃなくても見えるだろ。先生のそばがいいんじゃね?どゆこと。いや知んねーけど、媚び売ってるみたいな。え!いや知らねーよ?知らねーけどまぁ、そうゆうことするやつもいるじゃん、漫画とかに。いや漫画の話かよ! 結局あまりにも情報が少なすぎて、吾妻が面倒なやつなのかどうかは判断できず、1-Cの総意は「とりあえず様子見」となった。 そんなほんのり不穏な空気が漂う中、吾妻が良い子ちゃんだろうがそうでなかろうが自分に関わらなければどうでもいいと、久住は周囲の囁きを右から左に聞き流していた。 回ってきた袋に手を突っ込み特に何を思うでもなく一つを選ぶ。次のやつに袋を渡し紙を開いた久住は、自分のくじ運のなさに軽く絶望した。 よりによって、吾妻の後ろかよ…! ただでさえ教師にほど近い面倒な席だというのに、今しがた関わらなければいいと思っていた人物の真後ろ。プリントを配るにも、ノートを回収するにも、絶対に関わり合いになる。久住は心の中で頭を抱えながら、渋々机を移動させた。

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