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第5話

放課後。 夕焼けに染まりゆく教室の中、自身の鞄を枕に久住(くずみ)はぼーっと暇をつぶしていた。田崎(たざき)は未提出物があるからと数学教師に連れ去られ、坂内(ばんない)は弟だか妹だかを迎えに行って、溝口(みぞぐち)は運動部の助っ人だと言ってグラウンドに駆け出していった。ついさっきまでは掛け声らしいものも聞こえていたけれど、それも聞こえなくなったということは部活も終わったんだろう。教室に残った生徒も久住一人となった。 久住はこの誰もいない空間が好きだった。別にそこまで学校が好きなわけじゃないし、なんなら台風がやってくるたびに休校になってくれと祈りをささげるタイプであったが、自分一人の教室、という空間が凄く落ち着く。特に今日みたいに綺麗な空模様の日は。 日中、騒がしい奴らが馬鹿らしく騒いでいる場所なのに、今はしんとしている。対照的なその静けさは不気味なようで神聖な気もする。家とは違う大きな窓。椅子に座ってその向こうを見上げると、激しいのに柔らかい不思議な空が広がっている。それが、思春期の心に染みるのだ。 「久住…?」 「あ。」 ふいに聞こえた声に入り口を見ると、吾妻(あづま)がいた。二人してなぜこんな時間にいるのかと疑問に思い、こてり、同時に首を傾ける。それがなんだか可笑しくて、お互いの口から気の抜けた笑いが漏れる。 「部活?」 「いや図書室で本読んでた。帰ろうとしたら忘れてること思い出してさ。」 教室に入ってきた吾妻は、自分の机の中からプリントを数枚取り出し、コレ、と言いながら軽く振る。 「あ、歴史のやつ。月曜提出だっけ?」 「うん週明けだね。埋めりゃいいからって後回しにしてたんだけど、割と量あるよな。めんど。」 吾妻は、鞄を肩にかけたまま教卓に軽く腰掛け溜息を零す。久住の席は廊下側の一番後ろ。二人の距離は授業中と同じくらいだが、間に人がいないだけで吾妻がよく見える。 「確かに。坂内と溝口と三人で分担したけど、それなりにかかったわ。」 「あれ、田崎は?」 「課題があることも知らねえと思う。」 久住の返答に吾妻が声を出して笑う。 「酷いなぁー、教えてやれよ。」 「つってもな。あいつに任せたところ全部間違ってそうじゃん?」 「あはは!田崎ってそんなになの?」 「そんなにだな。」 久住にとって”笑いをとる”ことはさして重要ではない。お笑い芸人を目指しているわけでもないし、みんなの中心にいるよりかは一人の空間を大切にしたい質だ。けれど自分との会話で、くしゃりと歪んだ顔が生まれるのは妙に嬉しい。 「今日、現国のとき本読んでたろ。頭揺れてた。」 「あれ分かっちゃった?やべ、バレたかな。」 「いやバレてねーと思う。センセー振り向いたらピタって止まってたし。」 「ははッ、俺の得意技だからな!」 久住は席を立つ。そして鞄を肩にかけると出口へ向かう。吾妻もまた腰を上げ出口へ向かい、そして久住の横に並ぶ。 (だいだい)が段々と(あお)に浸食されていく。二人は駅までの道を緩やかなテンポで進んでいった。

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