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ミサンガ──43.*

 トイは、滅多に自慰をしない。  朝にどうしても処理しなければならない時は衝動を沈めるために冷水を浴び続ける。それでも治まらない場合は仕方がないのでするが、性的な接触というものにそもそも嫌悪感を抱いているので、出来ることなら触れたくもなかった。  ちらりとソンリェンを盗み見る。彼の視線はトイにひたりと添えられたままだ。彼は煙草を吸い続けながら、全神経をトイに集中させていた。 「、ふ……」  少しだけ前屈みになり、意を決して指を動かし始める。  緩い扱きを数回繰り返し、先端に親指と人差し指を添え力を加える。小さく鈴口が開いた。赤い肉が始まった愛撫に素直に蠢き出して、快楽に弱い自分自身の痴態に顔が歪んでしまう。  こんなに嫌なのに、身体はいつも心を裏切る。 「ちんたらちんこ扱いてんじゃねえよ、もっと速く擦れ」  冷えた手ではまだまだ動きも拙い。それなのにソンリェンは残酷な欲求を叩きつけてくる。唇を引き結び、ソンリェンの言うように音を立てながら手の動きを速める。  命令を受けてしている行為だが、直接的な快感に身体の芯は素直に火照ってしまった。指を輪にし、適度な力を入れて根本から先端まで絞り続ければ簡単に溢れた。水っぽい体液のせいでにトイの陰茎はしとどに濡れ、だんだんと動きもスムーズになりペースも速くなってくる。 「ぁっ……ん、ぁ」  へたりと鎌首をもたげていたそれは、気が付いたら緩く勃ち上がっていた。  にちにちと濡れた水音と、トイの荒い息遣いだけが響き渡る。下を向いているためソンリェンの顔は見えないが、視線だけは強く感じた。ソンリェンはトイの拙い慰めを煙草の肴にしているに違いない。  今直ぐに逃げだしたかった。だがそれは出来ない。  トイにできることは、なるべくはやくこの屈辱的な行為を終わらせることだけだ。 「おい、皮も剥け」  屈辱的な命令に奥歯を噛みしめ、糸を引く先走りを先端部分に塗り込めて、ずるりと剥いた。  トイの肌は褐色だが、皮一枚に隔てられている内部はまだまだ色も薄く、長さも平均にはとても足りない。ソンリェンや他の男たちに比べたら幼すぎる男性器だ、見ていて楽しいものでもないだろうに。  屋敷に連れ去られる前は、精通もしていなかった。 「……ふぁ、っ……ぁ、あ」  はくはくと桃色に染まった頂きから、噴水のように透明な液体がだらだらと溢れてシーツを汚していく。緩く芯を持ち、しっとりと湿り気を帯びた陰茎は、トイからして見れば気持ちの悪い化け物以外の何物でもなかった。  自分の身体に付随する肉の一部にしか過ぎないはずなのに、こうして弄るだけで思考の全て奪い理性を溶かしてしまうほどの快楽を与えてくるそれが、トイは憎くてたまらなかった。  記憶にあるソンリェンの舌の動きを無意識のうちに指で追ってしまっている自分も、嫌だった。 「早えな、もう勃起してんのか」  惨めな姿を揶揄られるほど、その思いはさらに膨れ上がる。 「足閉じんな、もっと開け」  こわごわと足を閉じかけていたのがバレてしまった。 「も、もっと……?」 「もっとだ」  両足を軋ませながら足を開いてみせる。しかしぶつけられるのは鋭い視線だ。 「もっとだ」  さらに足を開く。それでもソンリェンは頷いてくれない。もう少しだけ開く。まだ頷いてくれない。 「なめてんのか? お前……」  身体の芯から凍えるような低い声を叩きつけられて、顔を背けながら震える両手で膝を支えてさらに大きく開いて見せた。粗相をした赤ん坊のように足を極限まで開いた時、やっとソンリェンが顎をしゃくった。 「続けろ」  恐ろしさと恥ずかしさのあまりどうにかなってしまいそうだった。この体勢では女性としての穴もきっとソンリェンには丸見えのはずだ。トイの陰茎への性的快感はそこに直結しているので、たぶんはしたなく蜜液も溢れていることだろう。  泣き喚いてしまいたくなる情動を渾身の力で抑え込み、指を早く動かす。  はやく、はやく終われと自分自身に言い聞かせながら。 「は、ぁ……く、ぅ、ッ」 「よさそうじゃねえか」  裏筋を根本から搾り取るように数回扱けば、たまらず腰が浮いてしまった。 「気持ちいいんだろ? トイ」 「あっ……ん、んぁ、」 「答えろ」 「ひァ、い、いい……よぉッ、ァ、ふぁ……」  トイが素直であればあるほどソンリェンの機嫌はよくなる。促されるままこくこくと頷き、自ら更なる快感を求めて腰を揺らす。片手だった手はいつのまにか両手になっていた。ギシギシと軋むベッドの音がまるで情事の時のようで、口内に唾液が溜まっていく。閉じ切れなかった唇の端から涎が零れる。きっと今、トイは快楽に飲まれたみっともない顔をしているに違いない。 「ぁッ……イ、ぃく」  赤く膿んできた思考の中、大きく足を広げながら涎を垂らし自らの性器を死に物狂いで扱き上げる様を想像しては、泣きたくなった。それなのにトイの身体は快楽を追おうと躍起になっている。まるで飢えた獣にでもなった気分だった。 「くっ……ぅっ、あ、で、でちゃう、ぅ」  指の先で尿道をがむしゃらに抉る。手首につけたミサンガがちり、と揺れるのが目に入ってきた。一瞬これを付けてくれたディアナの笑顔が浮かんだが、腹の底に溜まった快楽に思考は直ぐに塗りつぶされてしまった。  焼けつくように股が熱くて、目の前にいるソンリェンと絶頂を求めて惨めに喘ぐトイの身体にしか集中できない。 「そん、りぇ、ぃ、く……イっちゃ……いく、ぅあ、」  足の先でびくびくとシーツを蹴り飛ばすトイを、ソンリェンがゆっくりと椅子の背もたれに体重をかけて流し見てきた。脚を組むその姿があまりにも圧倒的で、一切触れられてもいないのに身体の全てがソンリェンに支配される感覚に陥っていく。 「……ひっ、う、んあ、んひ」  出せと命ずる青い瞳に急かされるまま、トイはラストスパートをかけた。がむしゃらになって男根を激しく扱く。 「あ、イく、出ちゃう、ぁぅっ、──ぁあ!」  仰け反りながらトイは甘い悲鳴を上げて、腰の奥で溜まりに溜まっていた快感を弾けさせた。手のひらのそれがびくびくと暴れまわり、冷たい熱を放出していく。 「ぁ、あ、ぁ、ァ……ッ」  きゅうと臀部が痙攣し足指もピンと伸び切った。まるで噴水のようにどぷどぷと白い体液が溢れてきて、腹の上にかかった。勢いよく飛び出した飛沫は口の中にまで入ってきて、むわっと漂う青臭い雄の味にトイは咳き込んだ。 「ぁッ、ァ、や、あ……」  痺れるような余韻に、唇を噛みしめて耐える。 「は、はぁ、は……ふぁ、」  どくどくと、耳の裏で血流が波打つ。トイの身体はもうべとべとで、沁み込んだ汗のせいでシーツもぐっしょりしていた。激しい絶頂の後に残るのは、身体も動かせないほどの倦怠感と虚しさだった。頬にかかった白濁が脂汗と混じり、ぽたぽたとシーツに垂れていくのをぼうっと眺める。 「──随分、出たじゃねえか」  椅子から立ち上がったソンリェンがトイに近づいてきた。 「そんなに俺に見られて興奮したのか? 相変わらず変態野郎だな、てめえは」  言い返せない。嫌で嫌で仕方がないのに、人前で足を開いて自慰をさせられているという異常な事態にトイの身体は明らかに興奮していた。悔しくて涙が滲む。  「そのまま足、開いとけよ」  

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