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ミサンガ──42.
トイはかなり焦っていた。
ディアナの誕生日は今日だった。だからせめて明日には手渡せるよう、ディアナから教わった方法でミサンガというものを編み込んでいた。もちろん材料は自分で揃えたかったので露店で購入した。
ディアナがトイにしてくれたように、人から貰ったものを渡すのではなくトイ自身が一から作ったものをディアナにプレゼントしたかったのだ。
色は、赤と金の2色だ。
ディアナが綺麗だと言ってくれたトイの目の色と、彼女の好きな金色。何度か解れて上手くいかなかったので編み直し、やっと綺麗なミサンガが完成した直後だった。
ソンリェンが部屋を訪れたのは。
いつもなら扉を蹴られるのでトイが開けに行くのだが、今日に限ってソンリェンは鍵を開けて入って来た。慌てて編んでいたミサンガや散らばる糸を缶の中に隠そうとしたのだが既に遅く、部屋にずかずかと入って来たソンリェンは無言のままトイが手に持っているミサンガへと視線を向けられて冷や汗が噴き出る。
「そ、そんりぇん」
何も喋らないソンリェンに慌てる。
「あ、その、これ」
最後の別れ際に、もの凄い剣幕で怒り狂っていた男が相手だ。余計なことを言って逆鱗に触れたくはない。
彼の視線に気圧されそうになりながら、言葉を選び慎重に黙ったままのソンリェンに話しかける。
「ミ、ミサンガって、やつなんだ。今日、子どもたちが作って、くれて。だからオレも、作ってみたくて、……さ。ざ、材料もオレ、そ、揃えて」
つっかえながら聞かれてもいないことを必要以上に喋ってしまうのは、トイを黙って見降ろしてくるソンリェンの表情に色が無いからだ。どことなくいつもよりも機嫌が悪そうにも見えた。こういう時のソンリェンは怖い。痛い沈黙に、話しながらもトイの目線が下へ下へと落ちてしまう。
滲んだ汗が額から顎を伝い、出来上がったミサンガにぽたりと垂れてしまった。それでもソンリェンは答えない。
「あの……そ、んりぇ」
なんの前触れもなく、ソンリェンの手がテーブルの上にあったそれらを一掃した。
弾き飛ばされた缶が床に落ちて、からんからんと激しい音を立てる。
もちろん、トイが持っていたミサンガもあっと言う間にテーブルの下だ。
「……ッ」
「黙れ」
開口一番のあまりの冷たさに、ごくりと唾を飲み込む。確か前にも似たようなことをされた。1年ぶりに再会したあの日は確か、ソンリェンは椅子を蹴り飛ばしたのだ。
「ご、ごめん……」
トイが危惧した通り、どうやら今日はすこぶる機嫌が悪い日のようだ。
ソンリェンはガチガチに身体を強張らせたトイや、彼が叩き落とした糸くずや缶には目もくれず、うざったそうに手袋を脱いでテーブルの上に投げ捨てた。
ソンリェンはどっかりと椅子に腰掛け、トイを一瞥することなく気だるげに煙草をふかし始める。
ここはトイの自室であるはずなのに、トイなんて始めからここにいないかのような態度だ。
触れれば切られてしまうようなしんとした冷たさを纏い、ソンリェンはさっさと自分の世界に入ってしまった。
いつその鋭い刃を突き立てられるのかがわからなくて、なるべく彼の視線から外れるように部屋の端に座り込む。
トイの方から声をかければ余計な怒りを買ってしまうことは明白なので、こうなったソンリェンが相手の時は彼が動くのを待つしかない。
今日、トイの目の前で消費された煙草は3本だった。
時計の針が示した時間はソンリェンが部屋に入ってきてからおよそ30分ほどだ。これまでに比べれば早い方だとは思うが、いいことだとは思わない。むしろトイの苦しみの時間が早まっただけだ。
「おい」
「う、うん」
灰皿に煙草を押し付け、また新たな煙草に火をつけたソンリェンは、ぶっきらぼうに顎でトイをしゃくった。
「ベッドに行け」
いつもであればすぐにトイに覆いかぶさってくるソンリェンは、なぜか椅子から立ち上がろうとしなかった。違和感を覚えながらも強張る足で言われた通りベッドへ向かう。
今日はどんな体位で犯されるのだろう。痛くされるのだろうか、噛み跡だらけにされるのだろうか、煙草を押し付けられるのだろうか、少しは優しく扱って貰えるのだろうか。
考えるだけ無駄だとは思った。どうせ今日の態度を見る限りだと答えは決まっている。せめて明日も仕事に行けますように、と願うばかりだった。
「下、脱げ」
靴を脱ぎ、逃げ出したくなる足を地面に縫い付け、痛いほどに感じる切れ長の視線に晒されながらズボンと下着をゆっくりと降ろした。
太腿が夜の冷気にぶるりと震える。片足を上げてズボンと下着を通し、もう片方の足からも外し、そろそろとベッドの下に放り投げる。
こうしてソンリェンの目の前で自ら服を脱ぐ行為は、何度経験しても恥ずかしい。押さえつけられて無理矢理脱がされたほうが百倍マシだと思った。
「俺に見えるように足を開け」
次々に繰り出される命令に、一つ一つ従っていく。
ベッドに腰を降ろし、言われるがままおずおずと両脚を開いて椅子に座ったままのソンリェンに晒す。じっとりと剥き出しの下半身を視線で舐め回されて顔が赤くなる。唇を噛みしめて羞恥に耐える。
ソンリェンがふう、と見るからに美味しくもなさそうな煙を一つ吐き出した。目線は相変わらずトイの開かれた脚の間だ。こんな風にじっと視線を注がれるのはあまりにも心臓に悪い。
「そ、そんりぇん、あの」
「自分でしてみせろ」
「え?」
トイはぱちくりと目を瞬かせた。
「ロイズに散々やらされてただろうが、やれ」
ロイズに散々やらされていたことなんて一つしかない。
いつもと違うソンリェンの様子に何をされるのかと戦々恐々とはしていたが、まさかそんな行為を望まれるとは。
予想外の展開に躊躇が先立ち、命令されたというのに手が止まってしまう。
「早くしろ」
面倒くさそうに足を組んだソンリェンは、やはり酷く機嫌が悪そうだった。
全身が氷漬けにでもなったような気分だった。好き勝手に犯されるのももちろん嫌だが、ソンリェンに鑑賞されながら自慰をするだなんて同じくらい御免だった。
「できねえのか?」
ロイズならばともかく、彼がこんなことで楽しめるわけがない。だが、戸惑えば戸惑うほどソンリェンの機嫌は下がってしまう。
ソンリェンが指の爪で灰皿をカツカツ、と叩き始めた。苛々している時の彼の癖だ。
とにかく今は、やるしかない。
息を整えて、ゆっくりと下半身に手を伸ばし。
震える手で、萎えた小さな肉の茎を掴んだ。
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