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ミサンガ──41.

「どうしたのこれ!」 「あ、あの……ちょっと、貰ったんだ。でもそんなに量もないし早く食べなきゃだし、育児院に持っていっても全員に回らないだろうし」  食べられなかった子どもはきっと泣いてしまうに違いない。 「ディアナ、これ好きだって言ってたから……今だけ内緒な?」 「……っ、うん! 内緒ね! わかった!!」  弾けるような笑顔を見せたディアナは、いつも以上にとても幼く見えた。本来の彼女はこんな感じなのかもしれない。  丁寧に、やけに慎重な動作でふわがしを手に取り、ディアナはそれを空に翳した。  彼女がまず手に取ったのは白の塊だった。キラキラとした砂糖の光がトイにまで降りかかってくる。  ディアナがふわがしを口に持って行く。なぜかトイまでどきどきした、喜んで貰えるだろうか。  ぱくりと、ディアナがそれを口に含んだ。  直ぐに溶けたのだろう、もう一口、ぱくり。4回ほど繰り返して、ディアナの手の中にあったふわがしはあっという間に消えてしまった。 「……あまぁい」  ほうっとディアナが頬を赤らめて熱っぽい吐息を零した。  もったいないのか、舌についた砂糖も舐めとろうとする愛らしさに苦笑が漏れる。確かトイも同じことをした。  初めてふわがしを食べた時、トイの表情を見て弾かれたようにソンリェンは立ちあがった。  どうして彼はあの時、トイの表情を見て驚いていたのだろうか。組み敷いてくる手は焦燥感に満ち溢れていて、執拗に与えられたキスも切羽詰まっていた。  トイが今ディアナをかわいいと思ったように、ソンリェンもまたトイをかわいいと思ったのだろうか。  だからあんなに激しく、トイをテーブルの上に押し倒して──まさか、な。 「ありがと、トイ」 「え……? あ、うん!」  「トイも食べよ!」  ディアナに進められて結局二人で食べることになったが、元々一人分だ。全色を食べきるのに時間はかからなかった。互いに美味しいね、としか言えないくらい夢中で頬張った。  べたついてしまった手を、二人して湖で洗い流す。 「おいしかったあ、びっくりしたよ」 「驚かせたかったんだ」 「うん、驚いた。ありがとう本当に。冒険もして、綺麗な所に来て、ふわ菓子も食べちゃったなんて嘘みたい」  はにかむように笑ったディアナの言葉には、きっと様々な感情が込められているのだろう。  昔彼女が父親と一緒に食べたと言っていたふわがしを、他でもないこの場所でディアナに食べて貰えて本当によかった。 「素敵な誕生日プレゼントだったな」 「そっか……ん?」  聞き捨てならない発言にディアナを見る。 「ディアナ今日誕生日だったのか!?」 「内緒ねー」  岩場で足をぶらぶらとさせていたディアナは、驚くトイを見て肩を竦めた。シスターはそんなこと一言も言っていなかった。きっとディアナが故意に伝えていなかったのだ。 「なんで言ってくれなかったんだよ」 「うん……だってあたし一人に、構ってられないでしょ、シスターも」  遠くを見つめたディアナは笑みを浮かべてはいたが、その眉は切なげに細められていた。ディアナは傍から見てもシスターにとても懐いていた。ディアナは母親がいない。  彼女を実の母親のように慕っていることは、トイから見ても明らかだった。  だからこそ、ディアナのそういうところがトイにはとてもいじらしく思えてしまうのだ。 「でも」 「いいの、シスターにもみんなにもよくして貰ってるんだから、これ以上望んじゃったらバチが当たるよ」 「そんなことないと思う」 「うんそうだね、それもわかってる。でも、本当にいいの」  そこまではっきりと言われてしまえば、トイに言えることはもうない。 「ディアナ……」 「あ、あのね」  言い募ろうとするトイを遮るように、ディアナがぽけっとをごそごそと漁った。取り出したものを目の前に差し出されて首を傾げる。 「はい、これ」 「え……と、なにこれ?」  ディアナから渡されたものは、編み込まれた紐、のようなものだった。 「ミサンガっていうの。今日女の子たちと編んで作ったんだ。トイの分も作ったからあげる。お返しにもなんないかもしれないけど」 「みさんが?」 「ミ、サ、ン、ガ」  一言一言区切るようにディアナが身振り手振りで説明してくれる。元々はどこかの国の民族的な呪術の道具だったらしい。それが巡り巡って、綺麗な飾り紐として子どもたちの間でも流行ったそうだ。 「願いが叶うおまじないの紐だよ。つけてあげるから腕出して」 「えっ、これってつけるやつなのか?」 「そうよ」  言われるがまま腕を差し出す。普通の結び方とは異なるようだ。ディアナの手によって紐だったものが輪っかになって、トイの手首に巻き付いた。アクセサリーみたいだ。  先ほどディアナがしていたみたいに空に翳してみる。青と金のコントラストが太陽に光って、とても綺麗だった。 「すっげえ綺麗!」 「でしょー! あたしの目の色トイ好きだって言ってくれたでしょ? だから青と、あとあたしの大好きな金色が入ってます」 「……ありがとう」  ほわりと頬が緩む。友達からこんな風に何かを貰ったのは初めてだ。  しかもディアナはトイのことを考えながら、トイのためにこれを編んでくれたのだ。  ズキンと胸が痛んで、見ない振りをしようとしたのだが難しかった。きっとソンリェンはトイのためにふわがしを買ってきてくれた。しかしトイはそれを人にあげたのだ。  自分では手に入れられないお菓子だったとはいえ、ソンリェンの許可を取ることもなく。 「ミサンガはね、自然に切れた時に願いが叶う紐なの。トイも願い込めといてね」  願い、と言われてもあまりピンとこない。トイの願いは、これからも育児院のみんなと一緒にいられることと──ソンリェンから解放されることだ。  玩具として、犯されないこと。  だがそれは、この綺麗なミサンガに込めるにしては不相応な願いに思えた。ディアナから貰ったミサンガは、ずっと大事にしていたい。  ソンリェンという男の存在はトイにとってあまりにも圧倒的だ。彼の鋭い視線一つで、このミサンガは切れる前に跡形もなく焼き付くされてしまいそうだ。 「あの、ディアナ」 「なに?」  ディアナの腕には、ミサンガが巻かれていない。自分の分は作らなかったらしい。 「これさ、どうやって作るんだ?」 「えーとね、作り方は……」  ディアナが棒で地面に描いてくれた図を、一生懸命トイは目に焼き付けた。

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