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ミサンガ──40.

「ええと、買うものはこれで終わりだよな」  かさりとメモを開きディアナに確認して貰うと、ディアナが頷いた。 「うん、これで全部だと思うよ。じゃあ帰ろっか」  今日はシスターに頼まれて二人で必要なものを購入しに来ていた。ディアナと友達になれたトイは嬉しさのあまりさっそくシスターにそのことを話したのだが、それ以来シスターは何かにつけてディアナとトイを二人きりにしようとしてくる。  たぶん喜ぶトイに気を使ってくれているのだろうが、そのお陰でディアナともっと会話ができるようになった。友達として関係は良好だと思う。 「ディアナ、あのさ」 「ん?」 「ちょっと一緒に行きたいところがあるんだ」  シスターには伝えてある。いいわよ、とシスターは嬉しそうに微笑んでくれた。 「え? どこ?」 「えーと、秘密の場所。あんま長くはいられないんだけど」 「秘密の場所!?」 「う、うん」  ぐいと身体を寄せて来たディアナの目は輝いていた。ぽり、と頭を掻く。なんだか照れ臭い。 「連れてって!」 「あ、あの……でも、別に綺麗な場所とかそういうんじゃなくて、でもオレが好きな場所で……その」  提案してみたはいいものの、しどろもどろになってしまう。初めてできた友達に自分の気に入っている場所を紹介したかった。  しかし、あそこは景色は綺麗だけれど足場も悪く、なによりそれなりに距離がある。ディアナが喜んでくれるかもわからない。  本当に連れて行ってもいいものかと、言葉が萎んでしまった。 「綺麗な場所じゃないの?」 「オレは綺麗だと思うんだけど、遠いし。あと泥が凄いし、ディアナも綺麗だなって思ってくれるかわかんなくて……」 『何がいいんだか。こんな廃れた泥まみれな水辺』  なにせ、ソンリェンにそう吐き捨てられた場所だ。 「え? 行くよ。だってトイが綺麗だって言うんなら絶対綺麗だもん」  ディアナの眩しい笑みに目をぱちくりさせる。  呆けてしまったため四の五の言わさぬ勢いでぐいと腕を引っ張られつんのめった。肩から下げていたカバンが落ちないように慌てて抱え込む。 「ちょ、あのさ」 「ほーら、友達には秘密の場所教えてくれるんでしょ? あとは……一緒に冒険などをする」 「忘れてって言ってんじゃん!」 「むりでーす、もう覚えちゃったもん」  ディアナに友達になろうと言われた時、混乱したトイはかなりわけのわからないことを口走ってしまった。  今思えば恥ずかしいことこの上ないのだが、ディアナは定期的にあの時のことを蒸し返してはトイをからかってくる。別に嫌ではないのだけれど。 「だって一緒に買い物……は今日したでしょ。遊んだりご飯食べたりももうしてるし、後残るのは秘密の場所しかないよ。遠い道のりで泥が凄いってことは冒険みたいじゃない? 今日で全部制覇できるね!」  にっとえくぼを見せて笑ってくれたディアナに毒気を抜かれる。  ディアナのこういう所がトイは好きだなと思っていた。自然と、相手の心が落ち着くような言葉を選んでくれる所だ。悩んでいた気持ちが嘘みたいに軽くなった。  ディアナならきっと、どんな所でも喜んでくれるはずだ。 「ほら行くよ!」 「ディアナ、あの」 「なに?」  ありがとうと心の中で呟いて、今ディアナに伝えるべき一番大事なことを口に乗せる。 「道、反対」 「え」  振り向いたディアナはあまりにも間抜けな顔をしていた。肩を震わせて笑う。  ディアナは笑うトイに頬を膨らまして怒って蹴りを入れてきたが、じゃれているだけだとわかっているのでなんなく避ける。  互いに顔を見合わせてから、肩を寄せ合って吹き出してしまった。 「すごい……!」  ディアナの第一声にトイも嬉しくなった。ディアナの声が誰かに気を使う際のそれではなく、本当に驚きに満ちていたから。 「すごい、わあ、わー!」  泥なんて気にせず、目の前に広がった透明度の高い湖の周りをぐるぐると回り始めたディアナを追いかける。ソンリェンをここに連れて来た時はただ悲しいだけだったのだが、ディアナと一緒だとこんなにも楽しい。 「トイ、ここいつ発見したの?」 「えと、半年ぐらい前かな。なんとなく散歩してたら見つけたんだ」  天気がよくてよかった。晴れた空の下で、そよそよとした風が水面を静かに揺らしている。  鳥の囀に合わせて小さな魚がばちんと跳ねるたび、ディアナがひゃあ! と無邪気に笑ってはしゃぐ。自然とトイも笑顔になった。 「綺麗……ここは秘密の場所だね、確かに」 「だ、だよな!」  ソンリェンの言う、廃れた泥まみれな水辺をディアナに褒められたことでトイはほっとした。 「こんな所あったんだ。中央公園には小さい頃行ったことあるんだけど、人が多くてあんまり落ち着けなかったの。ここは穏やかでいいね……」  岩に腰かけ、ほうっと水辺を眺めるディアナの傍にトイも座った。暫し二人で空を眺める。 「あーなんか、ずっとここにいたくなる」 「オレも」 「あの子たち連れて来たら凄いことになりそう」 「うん、そうなんだよ。泥塗れになるし危ないからさ」  育児院の子供たちはとても活発だ。止める間もなく泳ぎに行ってしまうかもしれない。あの子たちがもう少し大きくなったら皆をここに連れて来たいなと思っていた。 「あっあとさ」 「ん?」 「絶対ディアナ驚くと思う。実を言うとこっちが本当っていうか……」  きょとんと目を丸くさせたディアナの前で、肩に下げていたカバンを開ける。  なるべく潰れないように持ち歩いていたのが功を奏したのか、それはふわりとした形を保ってくれていた。砂糖が少し溶けてしまったけれども。 「え……」  ディアナが目を見開いた。がばりと身を起こし、トイの手元のカバンの中を覗いてくる。  取り出したものをディアナへと手渡す。受け取ったディアナはまじまじとそれを見つめた後、零れ落ちそうな目で顔を上げた。 「ふわ、菓子?」 「うん」 「……えっ、え、ふわ菓子?」 「うん、ふわがし」  何度も確認してくるディアナに頬を緩ませる。  白と赤と青と黄色と、その他の色も混じったお菓子を子どもたちには内緒で持ち歩いていたのだ。それなりの量があれば配ることもできたのだがトイが持っているのは如何せん一人分だ。  ソンリェンがトイに買ってきてくれたふわがしを他人に食べて貰うことは多少気が引けたが、どうしてもディアナにだけは食べてほしかった。  ディアナの大好きな父親との思い出のお菓子を。

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