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雨音──88.*

「てめえの意思なんざ知るか。心も体も全部お前は俺のもンだろうが」  涙を零すトイなんてどうでもいいのか、ソンリェンは再び覆い被さり首筋に舌を這わせてきた。トイの腹をいやらしく撫でながら。 「……一生閉じ込めてやるよ、手足に枷つけて。もう二度と、外になんか出してやるか」  性感帯を刺激するように身体を弄られ、薬に犯された身体は直ぐに熱くなった。  当たり前のようにソンリェンの愛撫に反応し始める。 「ああ、ついでに足の腱も切っとくか、お前結構すばしっこいからな。知ってるか? 足の腱は一度切って放置しちまえばあとはもう治んねえんだよ……お前、完全に突っ込まれるだけの穴になるな」  するりと足首を撫でられ爪を立てられても、それすらむず痒い痺れへと変わってしまう。 「朝も昼も夜も、犯して犯して、犯し尽くしてやる……空も見えねえ部屋で、死ぬまでな」  未だに残る快楽の嵐は凄まじく、どこもかしこも痺れる。トイの心を置いてけぼりにしたまま。  1年前に壊された時もこうだった。  苦しくて辛くて、もうできなくて嘔吐しても何度もあの液体を飲み下され、意識が飛んで、蹴られ張り飛ばされ突き入れられては目を覚まして、再び遊ばれて絶叫して。  身体じゅうが痒くて痛くて、手も喉も足も背中も膣の中も腹の奥も全部が痛くて、もう悲鳴すら出なくなって。  それでもロイズもエミーもレオもソンリェンも、止めてくれなくて。 「オレ……」  遊びつくしたトイを捨てて部屋から去った4人の背中を見ながら、やっと死ねるのかと思った。あんなに死にたくないと足掻き続けた日々だったのに、行き着いた先の死はトイに安寧をもたらした。 「オレ、まちがった、の……?」  助けてくれたシスターを恨んだ時もあった。  けれども優しさに触れたから、壊れた体を戻すことができるのかもしれないと思っていたのに。  トイを捨てたはずの、ソンリェンが現れて。 「オレ……壊される、の」  この2ヶ月間、ソンリェンはトイを屋敷に閉じ込めていた頃の彼とはどこか違っていた。  無理矢理だった、乱暴だった、痛いことも沢山された。犯されることは耐えがたかった。けれども丁寧な仕草で頭を撫でてくれる時もあった。柔らかく額にキスをしてくれる時もあった。  かわいいなと言いながら、ぎゅっと抱きしめてくれる時もあった。トイの身体を求めることに、ソンリェンは必死さを抱いている様子でもあった。  かつての彼であったら考えられなかった行為の一つ一つはトイを困惑させ、それと同時に期待が膨らんだ。  彼の行動は気まぐれに過ぎないはずだが、もしもそれだけじゃない何か別の感情があるのだとしたら。  もしかしたらいつかトイを、玩具ではなく人間として扱ってくれるのではないかと。  けれどもわかった。トイは、いつまで経ってもソンリェンにとっての玩具に過ぎないのだ。  今、ソンリェンは怒りのままトイを狂わせようとしている。1年前と同じように。  二度目はきっと耐えられない。身体以上にきっと心が持たない。  今度こそトイは、壊されるのだ。 「ソンリェン」  涙はもう零れてはこなかった。 「オレ死ぬの?」 『オレ、死ぬの?』  確かあの日も同じように、ソンリェンに同じことを問うた。  飽きた、とシャワーを浴びに立ちあがったソンリェンの手首を思わず掴んだ。なぜ掴んでしまったのかはわからない。ソンリェンに情というものがないことなどわかり切っていたし、今更彼に縋りつきたかったわけじゃない、助けてもらえるとも思っていなかった。  ただ、この中で唯一空の色に似た瞳が遠くへ行ってしまうのが恐くて、つい縋ってしまった。  まだそんな力が残っていたのかと、ソンリェンは僅かに目を瞬かせてトイを見降ろした。他の3人も少なからず驚いていた気がする。  そして『オレ、死ぬの?』と掠れる声で問うたトイにソンリェンは言ったのだ。  『知るかよ』と。  なんの躊躇もなく振り払われた手はシーツの上に落ちた。あの手の冷たさを、トイは今でも覚えている。 「オレ──死ねる、の?」  ソンリェンの愛撫がふいに止まった。動きを止めたソンリェンに穴があくほどに見つめられる。  ソンリェンは瞠目しているようだった。どうしてそんな顔をしているのかがわからない。容赦なくトイを蹂躙してきた指先が、ゆっくりと頬に伸びてくる。  煩いと頬でも張られるのかと思ったがいたぶられる気配はなく、そっと触れられただけだった。  頬を打ち据えられたことで切れていた唇の端が、ぴりりと、傷んだ。  

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