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玩具の人形──91.

 屋敷の玄関に駆け込んだ途端、いつものように出迎えた使用人たちに声をかけられたが顔も合わせぬまま玄関ホールを進む。 「ソンリェン様」  泥に汚れた見ず知らずの子どもを自身のコートにくるみ、抱き抱えたまま帰宅した屋敷の主に皆が呆気にとられていたが、無視して廊下を進む。  真っ先に硬直を解いた壮年の使用人がぱたぱたと追ってきた。もちろんそいつに話しかけられてもまともに答える余裕はなかった。 「あの、そちらの子どもは」 「風呂は」 「は」 「風呂は入れるか」 「……よ、用意しておりますが」 「入れる」  言うやいなや使用人を押しのけ風呂場へと向かう。取り合えずは医者が来る前にトイの身体についた泥や、あらゆる所に直接塗り込んでしまった液体を洗い流さなくては。噛み痕で切れた皮膚や裂けてしまった部分に泥もついてしまっている、雑菌で化膿しないよう手当てをすることも必要だ。 「おい」 「医者には連絡致しました、今から連れてきます。20分ほどで着くかと」 「わかった。着いたら部屋に連れて来い」 「はい」  何を命じずともてきぱきとソンリェンの望む仕事をこなしたハイデンに頷いて、バスルームの扉を開ける。トイを包んでいたコートを剥ぎ、縮こまったまま青い顔で震えるトイを椅子に座らせ、辛うじて着込んでいた上の服を脱がせようとした。だが汗で張り付いたそれは脱がし辛い上に、服が擦れるだけでも辛いのか表情を歪めるトイに無理をさせることはできなかった。  傍に置かれていたハサミを手に取る。駆けつけた使用人たちの驚いた顔が視界に入ったが構うことなくトイの服を切っていく。  薄い服を剥ぎ取り、裸にしたトイの姿を見せないように抱き抱えて浴槽に入る。むろんソンリェンは服を着たままだった。 「あの、ソンリェン様、わたくし共が」 「来るな」  服も脱がずにトイと浴槽に身体を浸したソンリェンにぎょっとして、使用人が慌てて入ってこようとしたので視線一つで制する。 「誰もここに入れるな。こいつに合う小さめのガウンだけ用意しとけ。簡単に羽織れるやつだ。あとは消毒液と手当て用具一式を俺の部屋に用意しておけ」 「ソンリェン様のお部屋に、ですか? 客間ではなく」 「そうだ」  質問したいことも沢山あるだろうが、気難しいソンリェンに逆らうとろくなことにならないとわかっているので、暫し逡巡した後に皆がその場を離れた。  急にシャワーを浴びせるのは敏感になっている身体に毒だ。綺麗に磨かれた浴槽にトイをゆっくりと浸し、身体に付着した汚れを取っていく。  瞼をきつく瞑っているトイは青ざめた表情で、ほぼ意識を失っているように見えた。まともな反応は返ってこず、荒い息と極度の震えは変わらない。医者はいつ到着するのかとはやる気持ちを抑え込み、ゆっくりとトイの身体の傷を確かめながら洗っていく。  トイを膝の上に乗せて足を開かせ、緩んだ膣の中へと丁寧に指を差し込んだ途端、トイがぱかりと目を開きしがみ付いてきた。ばしゃりと湯が跳ねる。小さな身体を抱きしめ、「洗うだけだ」と何度も声を掛けてやりながら内部の汚れを掻き出す。  水に浸した布のように広がる茶黒い血と、ソンリェン自身の白濁液が浴槽を汚していく。どれだけ洗えば内壁に浸透させてしまったあの薬の効果が薄れるのかわからなかったが、できるだけ丁寧に、強く刺激しないように指を動かし続けた。 「あ、ぁ……っぁあ……」  だがやはり、薬は際限なくトイの身体を蝕んでいた。少し膣に指を挿入されただけでトイの陰茎は勃ち上がり、放出を求めて湯の中で震え始めたのだ。  つい先ほどまではトイのあられもない姿に興奮していたというのに、今はただ哀れみだけが勝った。身体のあらゆるところに刻まれた噛み痕も血が滲み酷い状態だというのに、湯に浸されても痛みよりも快感が勝るとは。弄り過ぎて赤く充血して痛々しい胸先もつんと尖っている。 「あー……、ァ、う、あ」  ぼたぼたと飲み込むことも出来ていない涎を湯に垂らし、痴呆のように唸り続けるトイが自身の反応しきったそれを慰めようと手を伸ばし始めた。やんわりと手を止めて、嫌だと拒絶を示すトイの身体を抑えてソンリェンの手でトイの肉欲に触れてやる。 「はっ……あぁ……!」  びくんとトイが仰け反った。快楽を与えれば与えるほど華奢な身体には毒になる薬だが、トイに一度自慰を許してしまえば狂ったように延々と繰り返し続けてしまうかもしれない。1年前はそうだった。  だがこの状態ではトイが苦しい。なるべく早く治まるようにと願いを込めて、機械的に扱いてやる。トイのそこは5回ほど擦り上げただけで、びゅくびゅくと白い体液を吐き出した。 「ぁ……ァ、う」  湯を蹴り飛ばしながら果てたトイの眦から、涙が一筋零れた。 「大丈夫だ」  何が大丈夫なのか。出したばかりでも幼い肉茎はまだ芯を持っているというのに。  素早く清めた身体を抱き抱えて浴槽から出る。最後にシャワーで傷になっている部分の汚れを流し、タオルケットで身体全体を拭いた。  脱衣所にはソンリェンが求めていたふわりとしたガウンが椅子の上に綺麗に畳まれ置かれていた。子ども用のがあるはずもないので女性用のを用意したのだろう、それでもトイにとっては大きかった。  柔らかなそれでトイの身体を包み、濡れた自身の服を軽く絞っただけの状態で自室へと向かう。汚れた床はあとは使用人たちが掃除する。  自室の前には既にハイデンと医者が立っていた。丁度今来たところなのだろう。ソンリェンの屋敷に仕える、とまではいかないが、何かあった時には重宝している医者だ。金を積ませてあるので口も堅い。  そしてソンリェンと同じく選民思想が強い。ソンリェンの抱えている子どもの細い手足や肌の色から一発で貧民層の子どもだということがわかったのだろう。医者は目に見えて眉を顰めた。  少し前までの自分を見ているようで苛立ったが、腕だけは確かなのでハイデンを扉の前に控えさせて医者を部屋の中へと入らせる。 「で、どうしましたかね、この子どもは」 「この薬を飲ませて今の状態だ、診ろ。そして治せ」 「ふむ……」  手渡した瓶に医者に見せる。横暴なソンリェンに医者は何も言わない、幼い頃からの付き合いなので大して何も思っていないのだろう。 「輸入品ですね。裏で出回ってるのを見かけたことがあります。ということはロイズ様から貰いましたか。あそこのお家はそちらのルートも開拓してますし」 「深入りすんな」 「ここ数年で金持ちの若者の間で流行ってるんですよ、女を廃人にして遊ぶとかで。即効性が強いんでね、使い過ぎて死人も出てますが……何本使いましたかな」 「一本だ。飲ませたのは半分。それ以外は身体に塗った」 「それでしたら一週間もしないうちに治るでしょうな。失禁や脱糞は」 「……失禁はした」 「そうですか、どれ」  大して慌てもしていない医者は、ベッドに寝かせたトイの服を乱雑に剝いた。  びくんとトイが身体を縮こませたので「丁寧に扱え」と鋭く睨むと、医者は僅かに目を丸くさせたが肩を竦めてソンリェンの指示に従った。  丁寧な所作で、トイの身体を隅から隅まで診る。 「ぁ……」  トイはここでやっと見知らぬ人間に身体を弄られていることに気が付いたようで、力の入らぬ身体でベッドの上を這いずって逃げようとした。  押さえて下さい、と医者に言われるまでもなくベッドの淵に乗り上げトイの身体を抱き寄せ、「診るだけだ」と顔を胸に引き寄せて視界を覆ってやる。  医者がおや、と片眉を上げたが無視した。  トイは直ぐに大人しくなった。というよりも抵抗するだけの力ももう無いのかもしれない。  医者は、トイの身体に散った真新しい噛み痕や首を絞めた痕、未だに背中に色濃く残る虐待の痕には何も言わなかった。そういう男だ。  だが、トイの下半身を診察し始めた時に初めて驚いたような声を上げた。 「これは……珍しい」

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