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玩具の人形──101.

 トイが横を向いたため額に置いていたタオルが少しずれたので、直そうと触れれば随分とぬるくなっていた。用意していたタイルの水もさほど冷たくはない。  直ぐに中身を新しい水に替えようと立ち上がったのだが、タイミングよくぱちりとトイが目を開けたためソンリェンは中腰のまま止まってしまった。  ぼうっと何度か瞬きをしたトイが顔をずらし、ソンリェンを見上げた。これまでとは様子が違う。  渇いた唇がゆっくりと、「そんりぇん」と動いた。これには数秒言葉を失くすほどに驚いた、トイは今目の前にいる相手が誰なのか認識していた。  午前中は、思考も朧気だったはずなのに。 「……トイ」  レオの言う通り、トイの生命力は並じゃない。 「俺が」  トイの顔を、覗き込む。 「俺が、わかるか」  5秒ほどトイは身動きひとつせずにいたが、やがて緩慢な動作でこくりと頷いた。そんりぇんと、もう一度舌ったらずにトイがソンリェンの名を呼ぶ。  見つめ合う。いつもなら直ぐに目を逸らすはずのトイは潤んだ瞳のままソンリェンから視線を外さない。  ソンリェンをソンリェンだと認識しているくせに、怯えるでもなくそれどころか不思議そうな顔をしていた。 「具合、は」  タオルで顔に染みついた汗を拭ってやりながらもう一度問う。 「……具合はどうだ」  我ながら馬鹿げた質問だと思った。トイの身体をめちゃくちゃにしたのはソンリェンの癖に、と。トイは答えなかったが、ぶるりと小さな身体が震えたので用意していたもう一枚の毛布をゆっくりと掛けてやる。  ソンリェンの動きをトイは目だけで追っていた。やはり、不思議そうな顔のまま。 「水、飲むか」  ぱちりとトイが瞬きをして、ゆっくりと首を傾げた。 「だれ……」  質問の意図がつかめず眉を顰める。同時にトイも同じような顔をした。 「だれ、あんた」 「俺のこと、わかってんじゃねえのかよ」 「そんりぇん」 「……わかってんじゃねえか」 「う、ん……」  いまいち納得がいかないような顔で、トイが小さな吐息を零した。 「水、飲むか」 「みず……?」 「ああ。飲むか?」 「な、で」 「……喉が渇いたかって聞いてんだよ」 「のど」  トイがまた数秒押し黙って、ゆっくりと頷いた。 「かわいた」  言葉の通り、トイの声はからからに乾いていた。 「起きれるか」  驚かせないようそっとトイの背中に腕を差し込み、起き上がらせようとする。しかしトイの方もまだ力が入らないのかふるふると上半身を震わせただけで終わった。  起こすことは諦め、午前中と同じようにデスクの上に用意していた飲み水をカップに注ぎ、くいと呷り口の中に含んでからトイの頬をそっと固定して唇を重ねる。  水を舌で流し込めば、トイは素直に喉を鳴らした。  顔を離す。呆けたようなトイと目があった。 「そんり、ぇん?」 「もっといるか」 「……う、ん」  おずおずと頷いたトイに、同じ行為を何度か繰り返す。性的な接触を感じさせないように、あくまで事務的に。直ぐに一杯空になった。  しかもソンリェンに飲み水を与えられたと認識しているというのに、トイは吐かなかった。  大した回復力だ。このままいけば今夜はスープぐらいは飲めるかもしれない。  喉を潤してある程度落ち着いたからなのか、トイは今度は違うところが気になるのかもぞもぞと下半身を動かした。  「見るぞ」と一声掛けてから布団を捲り上げる。午前中に着替えさせたガウンの、丁度股の辺りが汚れていた。少し固まっている精液だった。意識を飛ばしている間に、また数度出してしまっていたらしい。  慣れた手つきで清潔なタオルをぬるくなった水で濡らし、絞り、トイの足をくいと開かせる。びくりと怯えを見せたトイに「拭くだけだ」と声をかけて、なるべく刺激を与えないように褐色の肌を拭っていく。  トイは汚れを拭きとられている間力の入らない手できゅっとシーツを握りしめていたが、あらかた拭き終わってから言葉通り離れたソンリェンに訝し気な視線を向けた。 「薬塗るぞ」 「くすり?」  続けて医者に渡された薬を清潔な綿棒に塗り込ませる。  怪訝そうなトイの視線を感じたが、ぼんやりとしている今がチャンスなので赤くなっている膣口へとそっとそれを添えた。  徐々に目を見開いたトイが足を閉じようとしたので、パニックを起こす前にと静かに声をかける。 「切れてんだよ、塗るだけだ」 「ぬ、る?」 「そうだ」  くるりと傷付いた入り口の周りに薬をしみこませ、息を詰まらせて腰を蠢かせたトイの膝をやんわりと抑えて少しだけ綿棒を挿入して内壁に塗り込める。  あれほど乱暴に犯したのだが、奥の方はさほど怪我はしていないとの見立てだったのでそれも数秒ほどで終わった。  直ぐに引き抜いて開かせていたトイの足を閉じ、ガウンを正し、再び毛布をかけ直す。  その間ぎゅっとトイは目を瞑って耐えていたが、ソンリェンが本当に薬を塗っただけでそれ以上のことをしてこなかったので大層驚いたらしい。 「いれ、ねえの……?」 「今いれた」 「ちが、くて……そんりぇん、の」  何を、なんて聞き返さなくともわかる。渋い顔のまま顔を背ける。 「挿れねえよ」 「なん、で」  答えずに、汚れたタオルをタイルに張った水で洗う。今から替えにいくので問題はない。 「ロイズ、は、どこ」  ぴたりと、ソンリェンは手を止めた。  トイを見る。その表情でやっと誰だと問われた理由がわかった。  今のトイにとっての自分は、ソンリェンであってもソンリェンではないのだ。今目の前にいるトイも、今のトイではない。  だからソンリェンの行動一つ一つにあんなに訝し気な顔をしていたのだ。1年前のソンリェンなら、決してしないような行動を取っていたのだから。  トイの顔の汗と下半身の汚れをふき取り、なおかつ薬まで塗ってみせる看病の真似事など。 「おれ……吐いちゃって、ロイズの、服が」  いつの頃の記憶と混同しているのか。ロイズに極限まで責め立てられて吐き戻してしまったことは一度や二度ではなかったはずだ。そのせいで激しい仕置きを受けたことも。  ただ今のトイの現状から鑑みるに、折檻を受けた後だと思っているのかもしれない。 「ここ……だれの、部屋?」

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