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第1話

「おっぱいが揉みたい」  と、言うと、お、揉むか? と友人は笑い、火照って汗ばんだ分厚い逞しい胸板を、ぼくに差し出してきたのだった。  ――混乱しすぎて脈絡もなく語りはじめてしまった。時間を遡ろう。この日、ぼくは疲れていた。大学で色々なことがあって、厄介な教授に厄介な頼まれごとをしたり実験機材がうまく動かなかったりと色々で、語るのも面倒なくらいもう本当に疲れていた。十二月になりたてってのも参ってしまう要因だ。師走ってのはもうなんか響きだけでもせわしなく、気分を滅入らせるところがある。月曜ってのも殊更アレだ。アレだ、としか説明できないくらい、とにもかくにも、ぼくはとんでもなく疲れていた。  へろへろと帰宅し、上着だけ脱いでベッドに倒れる。ぼふん。最近ダブルサイズに変わったベッドはいつでも僕を抱きしめてくれる。友人の吸っているセブンスターの匂いがする。これは友人の部屋で、このベッドは友人のベッドなのだった。三つ年上で社会人の友人の家にぼくは勝手に出入りできる。ルームシェアと言えば響きがいい、大学に近いから頻繁に遊びにきているだけだけど。ゼミの実験が忙しい時期になるとこの部屋で寝起きすることも少なくなく、この頃は二日に一回は泊まる。今日はもう、片道二時間かけて実家へ戻る気力も体力もなかったので、合鍵をつかってこの部屋で気力の回復を図るつもりだ。  泊まらせてもらう日はだいたい台所を借りて晩飯を用意したりするけれど、今日はもう、本当に疲れて何もしたくない。本当に疲れて、何もしたくない。ベッドにうつ伏せに倒れてから一ミリも動けない、指の先も動かしたくない。今この瞬間に大学爆発しないかなあ、と思った。何かの手違いでミサイルとかが撃ち込まれないかなあと思った。不謹慎とかはこの際どうでもいい。ぼくが大学に爆発してほしいと言うその一点のみが肝要だ。爆発がダメなら、地割れでもいい。地割れが起こって大学を地の底に飲み込んでほしい、もしくはこのアパートごとぼくのからだを呑み込んで消し去ってくれてもいい。なんてことを考えながらじっとしていると、ちょっと疲れがやわらいできた。布団が抱きしめてくれているから癒されるのだ。布団と言うか、このにおいが、心を落ち着かせるのだろうな。この布団のにおいが。……息を吸うたびに顔面が沈み込んでいる布団からセブンスターの、もとい友人のいつものにおいがすうううと体の中に染み渡っていく。  ……。  起きあがった。  友人を思い浮かべる。髪はさっぱりと短く、目はぱっちりとして二重で、まつ毛が長い。整ったイケメンだ。そして、むきむきだ。190センチの筋トレ趣味の大男で、いつもこの自室に揃えた筋トレアイテムで、ぼくに構わず輝く汗を流している。腕が太く、肩まわりがごつく、胸筋もぱつんぱつんだ。胸板など、もやし体型の僕の倍ほどの厚みがある。  ムキムキマッチョのにおいをからだじゅうに吸い込んで癒された事実を上書きすべく、ぼくは女の子のことを考えた。ふわふわのやわらかいいいにおいのするちいさいかわいい女の子だ。理系の実験とバイト漬けで女の子遊びなんかする余裕もなく(というのは言い訳で、ホントは普通にモテないだけだけど)、特に懇意の女の子もいなかったので、好きなAV女優のことを考えて、そしてそのおっぱいのことを考えた。  AV女優にあり、ムキムキマッチョの友人にないもの、それはやわからなおっぱいだ。  おっぱい、いいよなあ。  ぼくはおっぱいが好きだ。  というか、おっぱいが揉みたい。  そう、ただぼくは今、おっぱいを揉んで癒されたいのだ。  やわらかくて、あたたかくて、ふわふわでもちもちのおおきなおっぱい。たゆんたゆんと揺れる豊満なおっぱいを優しく持ち上げるように手を添わせ、それを優しく揉み込めば、どんなにか素晴らしい心地だろう。心が落ち着き、そして癒されるはずだ。もちろんぼくは女性のおっぱいなど揉んだためしもないので感触は想像のそれでしかない。でもきっと想像を上回っているのに違いない。それに、あの大きくてやわらかそうなおっぱいに顔を埋めて息を吸えば、多分天国はそこにある。  おっぱい。  おっぱいが揉みたかった。  ああ、おっぱいが揉みたいなあ!  おっぱいは至高! おっぱいが至上!  もう最悪揉めなくてもいい!  せめて大きなおっぱいにさわりたい!  いや、やっぱり、おっぱいが揉みたい! 「冬弥はおっぱい派なんだなぁ」  後ろから突然声がして驚いて、ぼくは体感10センチくらいは浮き上がった。  そこに友人がいた。スーツの上からコートを羽織ったままでいま帰宅したところらしい。鍵の開く音もしなかった、と思ったけれど、どうやらぼくは疲労のあまり鍵をかけ忘れていたらしかった。  あと心の声が漏れていたらしい。 「ちなみにおれは尻派だ」

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