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第2話

「……おかえり」 「来てるとは思わんかった、連絡しろよ。おれのぶんしか買ってないぞ」  と言いながら、提げてきたビニール袋をこたつ机の上に置く。牛丼が三パック入っていた。友人の紅蓮は大食漢だ。筋肉は食から生まれるので、たくさん食べないといけないらしい。  ひとパック頂戴して(いらないと言われたけど金は払った)、洗い物を済ませてまったり。安いプライドのようなものもあり、あまり愚痴を言ったりはしないけれど、この豪快な友人といるとなんとなく、煩わしい色々なことが些細なことに思えてくる。紅蓮の仕事先の客の話を聞いて笑ったり、バラエティを見て笑ったり、ぐだぐだして結局シャワーも浴びた。シャワーを浴びながら、まあでも、やっぱり帰ろうと思った。最近は大学が忙しくてバイトを減らしているのであまり金がない。家から通えば弁当を持参できるが、一泊すると晩朝昼と飯代がかかってくるのが財布に痛かった。  風呂場から出ると、この寒いのに、紅蓮がベランダで煙草を吸っている。一人なら部屋の中で吸うのだろうが、ぼくが来ているときは必ずベランダに出て吸っていた。体がデカくて大食いで話し声も笑い声もデカく性格も大雑把なくせして、変なところで気遣いをするやつだ。 「出たよ」 「おー」  振り向いた友人がニコリとする。相変わらず顔だけは良い。羨ましいことだ、と思っている間にサッサと横を通り抜け、風呂場に直行してしまったので、もう帰るよと切り出すタイミングを失ってしまった。すぐにシャワーの音が聞こえてくる。仕方ない、出てきたら言おう。  手持ち無沙汰になり、一人にされるとテレビにも特に興味が湧かず。ツイッターを開いて眺めてみるが特に面白いものもなく、なんとなく、先程布団に倒れて癒されていたことを思い出した。  床に座ったまま、背中を預けているベッドに顔を寄せ、すんすんと嗅いでみる。  多分、この部屋のにおいなんだろうな。煙草臭いと思ったことはあまりないが、意識に刷り込まれていたのだろう。父が喫煙者だったから、子供の頃から親しみのあるにおいだ。心が落ち着く。煙草のにおい。あいつのにおい……。  ……。  ……。  ………………。 「違うんだ……」  ぼくは言い聞かせるように呟いた。 「ぼくは、おっぱいに癒されたいんだ……」  男の、友人の、筋肉むきむきのゴツイイケメンの体臭などではなく……。 「そんなに疲れてるのか……」  後ろに友人が立ってぼくの憐れなひとりごとを聞いていた。シャワーを浴びるのが早すぎる。 「今日は大変だったんだな……」 「ごめん、ひとんちでダラダラして」 「お前の下宿だと思えばいい、今日は泊まっていけ」  言いながら背中にタオルケットを掛けてくれた。ベッドに顔を寄せていたからウトウトしていたのだと思われたらしい。 「今日は帰るよ」 「そうなのか? 遠慮せんでいいぞ」 「いや、今日のぼくを泊めないほうがいい」  匂いも落ち着くけど声もいいんだよなあ、この適度な低さが落ち着くんだよなあ、顔も良くて体臭も良くて声も良いなんて神は依怙贔屓だ……と思いつつ、掛けられたタオルケットのぬくもりにぬくぬくとする。 「今日のぼくは、おっぱいを揉むことしか考えられないケモノなんだ」 「ケモノなのか……」 「いくら男と言えど、お前もおっぱいが大きいので、このままでは血迷って揉んでしまうかもしれない」 「お、揉むか?」 「うん、揉む」  え?  ぼくはやっと振り向いた。  そこに、ぱんっと弾けそうなみずみずしい張りのある胸がふたつ、ほかほかと湯上がりに火照っていた。友人は風呂上がりに服を着て出てこないのだった。ぼくがいるときはパンツだけは履いてくれるが、いつもパンツ一丁で居間まで出てきて、そこでやっと寝間着を探しはじめる。  つまり彼はほぼ裸だった。 「揉むがよい」  裸の友人は仰々しく言って、ぼくの前にしゃがみこむ。そして、少し胸を逸らし、それを見せつけるようにしてくる。

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