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第9話(終)
人類を創りたもうた神はなぜ賢者タイムなどというものを男に備え付けたのだろう。
目がさめるとそこは友人のダブルベッドの上で、窓の外は明るく、爽やかな朝日とコーヒーの良い匂いが友人の室内を満たしていた。十二月なのだが、ベッドの中はぬくく、それは多分
このベッドに寝ていた者が自分以外にもういるという事実を表している。――ぼくは友人と寝たのだ。友人と寝て、そのまま寝たのだ。たぶん、おそらく、二人とも全裸のままで。
ぼくの体は綺麗だった。でも腰は痛かったし尻も痛かったし体も怠かった。昨日のことは何から何まで全部覚えていてぼくは死にたくなった。台所でコーヒーを淹れているらしい友人が戻ってきたとき、どんな顔をして目を合わせればいいのかさっぱり分からない。昨日のアレは完全に過ちだ。なにもかもが間違っていた。
ぼくは友人のおっぱいを揉み、友人は感じて興奮し、性衝動にかまけてぼくの乳首を舐め、そのまま押し倒して事に及んだ。
冷静になって考えてみなくても、間違っていないところが何一つない。
(ぼくが寝落ちたあと、きっと紅蓮は賢者タイムを迎えただろう)
布団を頭からひっ被って寝たふりを続行しつつ、ぼくは懊悩した。賢者タイムを迎え、そして、我に帰っただろう。ひどく興ざめしたことだろう。友人で男であるぼくと性行為に及んだ事実にめちゃくちゃ後悔したことだろう。でもぼくがベッドの上ですやすや寝ているものだから、優しい友人はぼくの体をきれいに拭いて後始末をして、他に寝る場所がないから仕方なく一緒に寝たのに違いない。なんて可哀想なやつ……。
(もう、友人関係は解消だ)
二度と家に来れないし、二度と遊ぶこともないだろう。体の関係を持ってしまった以上、いままでと同じような付き合いができるはずがない。嫌われた、という事実はぐっさりとぼくの痩せた胸に刺さり、閉じた目蓋の間に後悔の涙が沁みてくる。すると布団の向こうから、とてとてとて、と足音が近づいてきた。友人は体がでかいのに、足音は繊細なのだった。
「……ん、まだ寝てるのか」
独り言がキツイ。早く出て行ってほしいに違いない。
でも、どんな顔をして起き上がれば……いっそ何も覚えていない、ということにすればどうだろう? 流石に無理があるか、などとひとり悶々としている間に、と、と、と足音が、更に近づいてきたような気配がした。
がばり。
布団を持ち上げられる。
ぼくは凍りついた。
「……!」
そして、持ち上げられた布団の中に、いそいそと、友人が入ってきて――凍りついたのが、一瞬で、溶けた。決死の寝たフリを敢行していたぼくに、布団の中で、がばあ、とあの熱い体が抱きついてきたのだから、溶けもする。
「とーうや、朝だぞー」
ぼくは混乱した。
パニックに陥り、そして涙が出た。
人間はパニックに陥ると涙が出るのである。
「……泣いてるのか?」
ぼくの顔を見、心配そうに眉を下げて、友人は顔を寄せてくる。目尻にちゅ、と唇を落として涙を一滴ずつ吸うようにする。
「……え?」
「怖い夢でも見たか? 大丈夫だぞ、俺がいるからな」
「……あ、あの……?」
「冬弥、あらためて言うが……お前が好きだ。友人もいいが、お前と恋人になりたい」
え……?
今、なんて……?
「ああいうことは、当然付き合ってからするべきだとは思ってたんだが……」頬を赤らめ、照れ照れと目を泳がせながら、エッチのことな、と友人はご丁寧に補足を加えた。「チャンスだ、って思ったんだ。男の冬弥がおれのことを好きになってくれる可能性なんて、ほんのちょっとしかないだろ? 焦ってて、だからもう既成事実を作ってやろうと思って」
「既成事実……?」
「だから、エッチのことだよ」
彼のデカい手が、すりすり、と労わるような手つきでぼくの尻を撫でる。
「普段下ネタなんか早々言わんお前がおっぱいが揉みたいなんて言うから、これはもう、揉ませて、なし崩しにエッチまで持ち込めば、既成事実が作れるかなと思ってさ」
「はあ……」
「でも、初めてであんなに気持ちよくなってくれるなんて思わなくて……俺たち体の相性もいいんだって、嬉しくて、それに……」
噛みしめるように溜めてから、彼は言った。
「おれのことを、好きでいてくれたなんて……」
「……えと、ぼくが……?」
「照れるなよ。好きって言ってくれただろ?」
言……ったかもしれない。いや、言った。何回も言った……。
「まさか両思いだったなんてさ……もっと早く告白すればよかったかな。おれ、ずっとお前とこうやって添い寝してみたくて、ベッドもダブルに替えて」
「え、ベッド替えたときから好きだったのか」
「バカ言え、五年前くらいからずっと好きだぞ」
聞いてるほうが恥ずかしくなってくる。冬弥は? と、顔を覗き込んできたので、耳まで赤くなっているのがバレたかもしれない。
「冬弥は、おれのこと好きじゃなかったか……?」
こんなに図体がデカいのに、しょげて耳を垂らしてる仔犬みたいな顔で、ぼくを見てくる友人の顔。
――ああ、うん、かわいい、んだよな。
体じゅうが熱いのが、友人の言葉が恥ずかしいからだけじゃないことに気付いて、ぼくはちょっと目を逸らした。
「……好き、です」
「よかったぁ……」
ぎゅ、と太い腕に抱き寄せられ、彼の胸の中に顔が埋まる。図らずもおおきなおっぱいに顔を埋める夢が叶って、それは確かに、天国のような心地だった。
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