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第42話

 自分のしたことは脇に置いておいて、篤郎が顔をしかめると、日下は楽しそうにくすくすと笑った。篤郎は唖然とした。この男はこういう性格だったのかと、いま初めて気づかされる思いがした。日下はタバコの火を消すと、ポケットから取り出した携帯灰皿に吸い殻をしまった。 「まあ、そんなことはどうでもいいんです。それよりも、きみ、先生としばらく会ってないらしいですね。どうやら避けられているらしいと先生が苦笑いされていましたが、それはさきほどの誤解も関係していますか?」  一番触れられたくないところに触れられて、篤郎は今度こそ顔をしかめた。 「それがあんたに何の関係があんの」  日下との誤解が解けたいまも、自分が源に振られたことに違いはない。興味本位に触れてほしくなかった。 「残念なことに、全く関係ないとは言えないんですよねえ」  それはどういう意味だと、篤郎は眉を顰めた。 「夏くらいから、先生は一枚も絵が描けていません。描こうという意志はあるようですが、うまくいってはいないようですね。スランプってやつですよ」 「えっ! 源がスランプって、まさか!」  源ほどスランプという言葉が似合わないやつはいない。いや、人間誰しもスランプになっておかしくはないが。でも……。 「か、描けないって、いったいどんなふうに?」 「どうにもこうにも、まったく描けないんですよ。先生自身がそんな自分に戸惑っているようですね」 「そんな……っ!」  篤郎は絶句した。源にとって、絵を描くことは生きるに等しいことだ。いまごろどんなに苦しんでいるだろうと想像したら、篤郎の胸は痛んだ。 「で、でも、源が絵を描けなくなった理由に俺は関係ない。俺にそんな力はない……」 「本当にそうですか?」 「えっ?」  気がつけば、すべてを見透かすような瞳で日下がじっと篤郎を見ていた。

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