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第44話
篤郎は唇を噛みしめた。あつは自分の家族のようなものだから、という源の言葉が胸に突き刺さる。たとえ日下の言葉が本当だとしても、源の自分に対する思いと、篤郎が源に抱く感情は違う。そこには天と地ほどの差がある。篤郎の迷いを見透かしたように、日下は同情めいた眼差しを向けた。
「……きみが考えているよりもずっと、大人だって迷うことはあるのですよ。ときに間違えることもあるし、経験が増えた分、よけいな選択肢が増える」
「えっ?」
篤郎は日下から言われている意味がわからなかった。思わず問い返そうとした篤郎を、日下の静かな目が見つめていた。
「きみは感じたことはありませんか? 先生の危うさを。先生から絵を取ったら、いったい何が残るのでしょうね?」
どんっ、と心臓を拳で強く殴られた気がした。篤郎は目を見開いた。ものすごい速さで鼓動が鳴っている。
「悪い、俺ちょっと……っ!」
篤郎は防波堤から飛び降りると、ひらりとクロスバイクに跨がった。思い出したように、防波堤に立つ涼やかな美貌の男を見上げる。
「甥ごさん、ケガは大丈夫だったの?」
篤郎の問いに、日下はわずかに目を瞠ると、これまで見たこともないようなきれいな笑顔を浮かべた。
「ええおかげさまで」
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