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第5話 *

 体を倒して、深海の耳に口を寄せる。逃げようとする頬を捕まえて、耳元で低く囁く。 「大人しくしてたら優しくしてやるよ」  その一言に深海は少し唇を噛み締める。そして諦めたように引き剥がそうと上げていた手を下ろした。少しだけ不安そうな瞳が横目にこちらを見ている。そんな初々しい反応に、思わず頬が緩んでしまう。 「そ、いい子」 「ここ……」 「大丈夫、誰も来ねぇよ」  いつか子どもの頃にやっていたように、優しく頬を撫でてやるといくらかは安心してくれたようだ。大社の廊下のど真ん中ではあるが、龍の気配はどこにもない。事情は皆知っているから、わざわざ二人きりにしてやろうと配慮してくれていることもあるのだろう。好都合だ。  着物をはだけさせて帯を解けば、しばらく日に当たっていない白い肌が露になる。ジロジロ見られるのが恥ずかしいのか、腕を顔の前に置いて、首を横に倒しているのが初々しかった。それもそうだ。今の深海にとって全てが初めてなのだから。二度も初めてに触れられるというのはとても新鮮な気分だ。しかし、初めてならそれなりに優しくしてやるべきだろうか。  胸の突起を弾くように触れると、深海は小さく吐息を漏らす。開発済みの体は数年程度では変わらなかったらしい。手の甲を口元に当てて声が漏れるのを押さえようとしているのが見える。どうせすぐにそんな余裕はなくなるだろう。そのままわき腹をなぞるように指先を下ろして下肢に手を伸ばす。眠っていた時間が長かったからか、少し筋肉量の落ちた体は少し柔らかかった。そして、不思議と暖かかった。もう少し体温は落ちているだろうと思ったが、その体はあの頃とそれほど変わらない温もりがあった。この温もりが好きだった。俺にはないもの。そこに深海がいると分かるから、とても安心する。 「顔あげて」  上に向けられていた耳に囁くと、横を向いていた顔が上を向く。すでに熟れた頬が温かい。手を上に持ち上げ、唇をつつく。不思議そうに口が少し開いた瞬間に、まず人差し指を口内に侵入させる。 「む、ぅ?」 「ちゃんと濡らさないと痛いぞ?」  意図が分からずに、困惑した目をこちらに向けてくる。他に何もないのだから唾液で濡らすより他ない。深海はしばらく固まっていたが、少し待てば舌を動かして指を濡らすようになった。嫌だと言いたいが、ここまできて逃げるのも嫌だったのだろう。変に強がることはよく知っている。  深海がそちらに意識を奪われている隙に、もう片方の手を下肢に這わす。前触れなく陰部を指先でつとなぞってみると指に一瞬歯が立てられる。 「おい噛むなよ?」 「ぅ、ん……」  言うや否や、歯を立てた場所を舐め始める。犬か何かか。少し人差し指を動かして口を開くように促し、次いで中指も口に入れる。それでも変わらず必死に舌を動かしている。本当に犬のように従順な行為に、ぞくぞくとした加逆心が込み上げてくる。散々苛めてやりたくなる。口の端から漏れる唾液の音と、吐息の音がやけに大きく聞こえる。その間にも先ほど前を握った方の手も動かしてそこに芯を持たせていく。少しずつ深くなる吐息が、絡むように粘りを持つ唾液が、深海がその気になっている証拠だった。そろそろ十分かと指を引き抜けば、深海が追うように唇を触れさせ、甘い口付けを残す。見下ろしたその目が少し申し訳なさそうなのは、先ほど歯を立てたことをまだ気にしているからだろうか。別に噛んだわけではないのだからそんなに気にする必要もないだろう。 「足」  閉じたままの膝が、その一言でおずおずと開かれる。やはりそれなりの羞恥があるようで、赤い頬がさらに赤くなったような気がする。体を動かして、唾液で濡らした指を後孔に触れさせれば、少しそこに力が入る。 「力抜けって、傷つくぞ」 「そう、言われても」  無意識に反射で力を入れてしまうのだろう。仕方ないと少し芯を持ち始めた陰茎の方にもう一度触れる。適度に力を籠めて、優しくそこを刺激してやれば小さく甘い声が漏れるのが聞こえた。それで意識を逸らした隙に、中指を少しずつ挿入する。やはり少しキツくはなっているが、受け入れる事はしっかり覚えている。中指一本くらいはするすると飲み込んでいった。 「ん、ぁ……」  中指を軽く動かすと、反応して頬を赤くした深海がそっとこちらを見た。声を出してしまったことが恥ずかしいのか、こちらの表情を窺っている。完全に初めての反応。そんなに恥ずかしがられると苛めたくなるというか、ここでその調子だとこの先どうするつもりなのだという気になる。  今回は優しく。それを念頭において、さっさと人差し指も入れてしまう。慣らすことが目的なのだから、早めに済ませてしまいたい。俺の方も、久しぶりに深海に触れられたことで忘れていた欲が蘇ってきているのだ。あの頃だったら少し濡らせば勝手に入るくらいには緩かったが、今はそうはいかない。二本の指で念入りに拡げて、同時に萎えないように適度に前も弄る。やりすぎてイかせてしまったら俺がお預けを食らうかもしれないから決定的な刺激は与えないように。そのため浅いところで止めて、奥には触れないようにしていたのだが、快感を思い出しつつある深海の身体には、それが物足りないらしく腰が動いている。恐らく無意識。本人は現在は溢れそうになる声を堪えることに必死でこちらは見ていない。むしろここで刺激を与えたらどうなるのだろう。ふと思って二本の指の腹で深海が好きだった奥の柔らかい部分を抉るように押してみる。 「んぁッ、あっ……! ぅ……な、に……?」  快感から逃れるように一瞬身体を丸めた後、震えた目がこちらを見る。なるほどこうなるのか。そこの刺激は知らないらしく、突然の刺激に驚いてしまったらしい。俺の方が弱ところをよく知っているという状態。答えを求めているのを気づかない振りをして、また触れない位置に指を引く。そこを刺激するのはこれからだ。  そのまま二本の指を引き抜き、陰茎を刺激していた手も離す。黙って深海を見上げてみると、深海は隠れるように横を向いていた体を転がし仰向けになっていた。そして少し荒れた呼吸を落ち着けるように大きく息を吐く。 「……いい?」 「……聞くなよ」  指を引き抜いたそこは、次を求めている。体が覚えているのだろう。着ていた羽織を脱いで、羽織紐を引き抜く。その羽織紐で邪魔な着物の袖を簡単にたすき掛けにしていく。白い着物の帯を解いて、適当に着物の合わせを解く。動かしやすくなった手で一度深海の頬に触れる。そこは真っ赤で熱が篭っている。俺の手が冷たくて心地が良いのか、深海は自分からその手に頬を寄せた。親指を唇に触れさせて、少し口を開かせたところに自分の唇を落とす。舌を差し込んで口内を弄びながら、後孔に求めていたものを当てる。思わず体が強張りそうになるのを抑えるように、舌を絡める。こちらが舌を触れさせれば、応えようとした深海の舌もぎこちないながら舌を伸ばしてくる。それと同時に少しずつ奥に挿入していくと、頬に置かれた俺の手に深海の手が重ねられ小さく握られた。  最後に唇に小さく口づけを残して顔をあげる。追うように俺を見たその目にもう余裕はなかった。甘く溶けた目は刺激を求めている。 「痛くない?」  声をかけながら全部入った結合部を少し動かすだけで深海は小さく声を漏らす。俺がなかなか始めてくれないことに瞳を震わせながら、小さく声を溢す。 「……い、から……はやく……」 「良かないだろ? 痛いのは嫌だろ?」  まぁ焦らしている訳だが。どうせなら向こうから誘ってもらいたい。始めこそ俺が無理に押し倒したが、もうここまで来たら求めているのはお互い様だ。自分も求めたのだと言うことをよく自覚してもらいたい。深海はそんな意図を察してか、一瞬唇を噛んで、羞恥に染まった目がこちらを見た。しかしそんな懇願程度では始めてやらない。どうしても動いてくれない俺に、深海はようやく切羽詰まった声をあげる。 「お、ねが……がまん、できな……あッ」 「そうそう、よく出来ました」  おねだりの言葉が終わる前に、一度ギリギリまで引き抜いて一気に突き上げると体が震えた。そのまま欲しがっていた律動を開始すると、上腕を押さえていた俺の腕に深海もしがみついてくる。先ほど刺激しなかった奥を何度も突いてやると、強い刺激に何度も首を振るのが見える。止めてやるはずがないが。 「あッ、ぅ、う、そ……こ、んッ、あッ」  快感から逃げるように首を逸らすのがとても良い。無防備な首筋に舌を這わすと敏感な体はピクピクと震えていた。 「ひ、あ、あッ……や、ぁ……ぅんッ」  優しくしてやるとは何だったのか。逃げ場も与えないほどに何度も最奥を強く突き上げていると、深海の頬で滴が光った。悪いが気を使う余裕はこちらにもない。むしろこれでを急所を外さないことを褒めてもらいたい。激しい律動に合わせて落ちる甘い声を抑えることなどもう頭にないのだろう。うわ言のように炎騰、炎騰と呼ぶのが耳に毒だった。  これは。この子は俺だけのもの。それはこれまでも、これからも変わらない。他の誰にも、この声は聞かせてやらない。  縋るようにしがみついて来る手をしっかり握り返す。一度離してしまった手。それがまたここにあるのは、偶然なのか、必然なのか。  なぁ、深海。お前はあのとき、俺に何を伝えたかったんだ? 最期に、何を願っていたんだ? 俺はその願いを、叶えてあげられてるのか? それだけでいい。それだけでいいから、どうか、応えてはくれないか。 * 「おかえり、炎騰」  その後、深海が落ち着いてから銀龍の間へ戻った。深海はずっと赤い顔をしたまま、銀龍の間に着いた瞬間隠れるようにどこかへ行ってしまった。まぁまだ羞恥があっても仕方がないだろう。別に止めることもなく、銀龍の間に一人残っていると、そこに霜天は現れた。 「その様子だと少しは話せたのかな?」  どうせ全てお見通しなのだろう。何も言わずに目を逸らす。社に他の龍がいなかったのはコイツの配慮だというのくらい読めている。深海に他の龍の話し声が聞こえていたというのは恐らく計算外のことだったろうが。 「……あの子の様子を見てどう思った?」  どう思った、か。あれは、何も変わっていないと思う。記憶は消えた。だが、根本的な性格や、考え方はそのままだった。これから新しく作られる記憶や経験でちょっとずつそれは変わっていくかもしれないが、アイツなら大丈夫だろう。  ただ。あの一言だけが引っ掛かっていた。だから俺は結局振り切れていないのかもしれない。 「臆病な神様だな」  あれは確かに深海が俺に言った言葉だ。もしかしたら、どこかに記憶は残っているんじゃないか。何かきっかけがあったら帰ってきてくれるんじゃないか。そんな淡い期待を持ってしまう。俺がそんなことを考えていることを知ってか知らずか、霜天は薄く微笑む。 「炎騰に、お知らせだよ。悪いことと、良いこと、どっちから聞く?」 「話したい方から言えばいいだろ」  どうせどっちも聞くことになるんだから。大方深海についてのことだろう。顔は背けたまま、放たれる声に耳を向けておく。 「じゃあ、悪い話。深海は残念ながら海龍には生まれ変わらなかったみたいだ」 「……は?」  思わず、霜天の方を見る。深海から感じた力は本物だった。深海が高位の龍であることは確かなはずだ。しかし、海龍には生まれ変わらなかった。それなら深海は何に生まれ変わったと言うのか。霜天はそのまま話を続ける。 「確かに君はあの子を海龍にしてくれって言っていたし名前や性格的にもぴったりだったけど、あの子に最期を与えたのは 炎騰だったよね? 僕か金龍なら生まれ変わる姿を与えることが出来るけど、最期を与えたのが炎騰だった。しかも大社ではないところで咄嗟に行ったことだった。だから海龍になるのは失敗したみたいだね」  確かに、その通りだ。本当はこの社で行うはずだったこと。それにそもそもあんな最期にするつもりはなかった。大社でならば、人間として死ぬことには変わりはないが、が、あの場面は特に焦っていた。そのせいか。 「はい、じゃあここからは良い話だ。僕らが思っている以上にあの子は龍として生きる素質があったらしい。……そう、彼 は青龍に選ばれた」 「……せい、りゅう……?」  青龍。それは海龍よりもまた高位の龍。というか俺と同じか、むしろちょっと上。元人間だと言うのに、それほどの高位に生まれ変われるものなのか。しかも青龍。青龍、とは確か。 「といっても、炎騰も僕らもあの子は海龍にするつもりだったしそのつもりで生まれ変わらせたからね。まだ狭間でウロウロしているみたいでまだ安定はしてないけど……、青龍は最も人間に近い龍、だから人間を知るために人間の知識や感覚はある程度残っている。だから少しすれば人間だった頃の記憶も甦るだろう」  思考が固まる脳に、霜天の言葉が染み込んでくる。甦る。記憶が、深海が。思い出してくれるというのか。応えを聞くことが出来るというのか。でも確かに辻褄が合う。だから、深海はあの言葉が出てきた。気付けば立ち上がっていた。顔が見たい。 「今度は、ちゃんと全部伝えてあげなよ?」 「お前に言われなくても分かってるわ」  霜天の言葉が背中を押す。もう、二度と「臆病」などと言わせない。まだまだ不安定で幼い龍。彼の元へ。踏み出した足は長い生の中でも最も軽く、見上げた先は最も明るかった。

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