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第38話
施設を卒業してからバイトに明け暮れた。
大学へ入って友人もできた。
課題とかたくさん出るし、バイトも忙しいけど楽しい毎日。
時々施設に帰ったりするけれど母さんも小暮さんとも連絡がつかないらしい。
寂しいけれど、前とは違って楽しくて仕方がない。
でも、そんな日々が続くほど思い出すのが小暮さんのことで。
おれが今、こんなふうに過ごせているのも小暮さんのおかげだ。
日に日に会いたいという気持ちが強くなる。
いくつもの季節が流れ、田丸と一緒に大学を卒業した。
目指す道は違うけれど田丸と徳丸とはずっと連絡を取り合いたまに三人で馬鹿騒ぎしている。
なんとか内定をもらい就職をする。
どの道に進もうか全く決まってなかったけれど田口さんに小暮さんは福祉の会社へと就職したと聞いておれも同じ道を進んだ。
また会えるかもしれないという下心ありで。
必死に食らいつくようにして働いて早二年。
おれは二四歳になった。
そして田口さんが施設を退職する年。
『悠介、お前まだ遅れそうか?
オレと徳丸で先に挨拶行っちまうぞー?』
「悪い、電車遅延してて遅れる。
先行ってて、後で店で合流するから。」
『りょーかい。
あぶねーから気をつけてこいよー』
返事をしながら息を切らし走る。
なんで今日に限って電車が遅れるんだよ。
むかつきながらも必死に走って行く。
「田口さん、お疲れ様でしたー!」
「お、お疲れさまでした。」
「田丸くんも徳丸くんもわざわざありがとう。
ふたりとも立派になったね。」
「ここまでオレたちが来れたのも田口さんのおかげですから!
悠介ちょっと遅れてるんでまだ来てないですけど、また後で退職祝いのパーティーするんで楽しみにしててくださいね!」
「ま、また後で来ます。
ほ、他の人たちもいるしぼくたち一回失礼します」
たくさんの子達が僕のために駆けつけてくれている。
懐かしい顔ぶれ。 こんなに嬉しいことなんてあるだろうか。
「……田口さん。」
「はいはい、……! ……久しぶりだね。
もう会えないのかと思ってたけど。」
「……」
───────
「田口さん!」
「悠介くん! 大丈夫かい、汗すごいよ」
「はぁー、すみません。
電車遅れて走ってきたんです、後で会えるってわかっててもやっぱ施設で会いたくて。
あの、田口さん、長い間お疲れさまでした。
田口さんには何度お礼を言っても足りないぐらいにお世話に……」
「……悠介くん」
田口さんがおれの名前を呼ぶ。
少し困ったような、迷っているような。
「……僕への挨拶は、あとからいくらでもできるから。」
「田口さん?」
「実はね、さっきこぐっちゃんって子が来てたんだ。」
「!」
「……さっき帰ったばっかりだから、……電車で帰るって言ってたから走ればまだ間に合うと思うよ。」
「……たぐ、「ありがとう、とか言わないでね。
本当はしちゃいけない事なんだよ。
でも、まあ、僕も最後だし二人だけの秘密だよ。
……ほら、行っておいで。」
「……はい!」
また走り出す彼の後ろ姿を見送る。
「……僕は、こんなことしかできないけど。
どうか二人に幸多からんことを……
って、おせっかいが過ぎたかなぁ。」
───────
はぁっ、はぁっ、はぁっ
息が上がる。 すごく苦しい、けれど走る足を止めない。
立ち止まりあたりを見わましてまた走り出す。
もう一度、もう一度、おれはあの人に会いたい。
会って今まで迷惑かけたこととかお礼を伝えたい。
どこに、どこに。
「うわっ!」
べしゃっと派手に転ぶ。
泣きたいのを我慢しながら立ち上がろうとすると、
「おい、大丈夫か?」
前から男の人らしき手が差し伸べられる。
「すいません、大丈夫で、……!」
「……? 本当に大丈夫か?」
目の前にいるのはあのときより少し老けて見える。
確信があるわけじゃないけれど小暮さんが。
「おい、大丈夫かよ。
頭打ったのか?」
「あ、い、いえ。
その、……大丈夫です。」
怪訝な顔をしながらまた歩き出そうとする小暮さんの腕を掴む。
「……手ぇ、離して「あの!えー……
おにい、さん……初め、まして。 おれ木下悠介って言います。 二四歳になりました。」
「……?……! ゆう、すけ、……!」
「待って!
その、おれずっとあいだくてっ!ずっとこぐれざんに言いたいことも謝りだいごどもいっぱいあっでっ!
その、おれ、おれ……」
言いたいことはあるのにうまく言えない。
喉につっかえて言葉が出てこない。
嗚咽を漏らすことしかできなくて。
「うー……」
「……はぁ。
あーまぁ、とりあえず泣くのやめてくれ、目立つだろ。」
「! すいません」
慌てて袖で涙を拭っているとぽんと頭に手が乗る。
「……久しぶりだな、悠介。
俺が忘れろなんて言って一番忘れられなかったし、……なんかモヤモヤしてたし。
会えてよかった、なんてガラじゃないけど……っておい、また泣くなよ。
泣き虫なのは何年経っても変わんねーな。」
ぐいっと引き寄せられ体がよろける。
ポタポタとおれの右肩にしずくが流れ濡れ始める。
そして少し震えたような小暮さんの声。
「……俺だって、会いたかった。」
またぶわっと涙が溢れ、こぼれ落ちる。
寂しかった、会いたかった、迷惑かけてごめんなさい、ありがとうとわんわん泣きながら思いの丈をぶつける。
小暮さんは何も言わず、ポンポンと背中を叩いてくれる。
父さんから逃げ出して家に駆け込んだあの日のように。
急に風が吹き桜の花びらが舞い踊る。
祝福してくれているかのように、ふわり、ふわりと舞い踊る。
ーfinー
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