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魔王は勇者に崇拝される

1.魔王は勇者に崇拝される  拷問を受けるか、実験動物にされるか、即刻殺されるか。そう覚悟して馬車から降りたのに、案内をされたのは、こぢんまりとした屋敷だった。 「ここなら王都からは離れているし、森奥にあるので静かです。長年放置をされていた屋敷ですが、手入れだけは、毎日していたので中もきれいです。ここなら、これまで暮らされていた場所と雰囲気は近いんじゃないかと思って用意させて頂きました。いかがですか?」  いかがですかと問われても戸惑うことしかできない。  道中で紹介を受けたが、彼――勇者の名はリッツというらしい。眩しいくらい見事な金色の髪を持つ青年で、まだ18歳だと話していた。  俺以上に強い魔力と人間離れした身体能力を持つ彼に、早々(はやばや)と降伏を決めた。勇者は、この身を引き渡せば、他の魔物達にはこれ以上手出しをしないと言ってきた。俺はその要求を呑んだ。そうせざるを得なかった。 100年以上生きている俺だが、人間にはいい思い出がなく、恐怖と不安でみっともなく全身をカタカタ振るわせながら、長く暮らしていた城を出た。  城の門前で立っていた彼は、15の頃から成長が止まってしまった俺と比べると当然だが圧倒的に体格がよく、緑色の瞳が無表情にこちらを見据えていて、怖かった。  あれは、見間違いだったんだろうか。 「やはり、気に入りませんでしたか?」  今の勇者には垂れた耳と尻尾が見える。もちろん、勇者は獣人ではないので、俺の目の錯覚なのだけど、どうして彼はこうも俺にへりくだるのだろうか。  はっきり言って、理解不能すぎて気味が悪い。  様子をうかがいながらゆっくり首を横に振り、「気に入って頂けましたか?」の問いに黙って頷く。そもそも、好き嫌いを表に出せるような立場ではない、はずだ。 「ああ、よかった! では中を案内するのでどうぞ。あ、足下にお気をつけください。そこ段差があります」  触れるか触れないかの位置で俺の腰に手を回し、中へ招き入れてくれた。家具は整っているようだが、人気はない。扉が閉まると、先ほどまで周囲にあった木々の葉の擦れ合う音や鳥の声が消え、途端に静かになった。 「あまり多くの人に囲まれて過ごすのは苦手かと思いまして、使用人は全て下がらせました。ご安心ください、僕は家事もこなせる男です。掃除に洗濯、料理まで、だいたいのことはできます。なんなりとおっしゃってくださいね」  頷く、しかない。  次いで2階に案内された。「寝室兼私室として使って頂ければと思いまして」、だそうだ。一番奥の部屋に通される。俺が3人は横になれるような広い寝台に、外を見下ろせる大きな窓、本の並ぶ棚、中央に花が飾られた丸い机が置かれていた。   「長旅お疲れ様でした。お茶を用意してきますので、どうぞ、おかけになってお待ちください」  促されるがままに、勇者の引いてくれた椅子に座る。  彼は、俺に深々と頭を下げると、静かに部屋を退室した。俺はただただ呆然とそれを見送り、やがて、机の上の花に視線をやった。きれいだ。じゃない。  なんだろう。これ。どういう状況なんだろうか、今。  現実逃避のあまり、俺が見ている夢なんじゃないだろうか。 「お待たせしました。乾燥させた野菜と果物から煮出したお茶です。甘くておいしいんですよ」  赤茶色のお茶からは確かにほっくり甘い香りがする。毒、とか入っているんじゃないかと疑うが、傍から離れずにこにこと俺を見つめる勇者の手前、飲まないわけにはいかない。覚悟を決めて一気に飲み干す。   「あ」  思わず声が漏れてしまった。勇者が身を乗り出し、瞳を輝かせている。その眩しさに押し負け、俯き、できるだけ小さな声で言う。 「おいしい」  城でもシィラがよくお茶を入れてくれたけど、素っ気ない味が多かったので、新鮮だった。俺は魔王なのに、勇者に対して何言ってるんだ。というか、なんで勇者にもてなされているんだ。 「ああ、よかった!」   勇者は心底安堵したように大きく息を吐いた。そしてまた、ずずいと詰め寄ってくる。「夕食はどうされますか? 何か食べたいものはありますか? 嫌いなものとか」、ああもう限界だ。 「ど、どういうつもり、だ」 「はい?」 「お前は、魔王である俺を倒しに来た勇者様だろ。こんな、し、使用人みたいな真似をして何が狙いだ」 「倒しに行ったわけでは」  じゃあ、勇者が魔王の城に何の用があったんだ。事実、俺はこうして予想もしない形ではあるが、捕らえられている。そういう条件を出されたからだ。  勇者は、顎に手をあて「ううん」と唸った後、「秘密です、まだ」とにっこり笑んだ。  なんだそれ。  唖然とする俺の前、勇者は両膝を床につき、うやうやしく頭を下げた。 「僕は、魔王様に感謝をしています。僕に勇者という立場を与えて下さったことに、心から」 「――嫌みかよ」 「いいえ、違います。本当に、心からそう思っているんです」  それはやっぱり無自覚に嫌みだろう。  あんたを倒したおかげで勇者としての地位を得ました。ありがとうございます。いえーい。ってことだろうが。 「あなたを、尊敬しています。あなたを、大切にさせて下さい」  気味が悪い。  

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