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第76話 これはプロポーズ

「本当は明後日のクリスマスに言うつもりだったんです。夜景の見えるレストランで、めっちゃいい感じの中で。もう一ヶ月以上前から予約してたんですよ」  正嗣が少しだけ暖まってきた部屋の真ん中で小さく溜め息をついた。 「あ、あの……」  一緒に住みませんかと言われた。共同生活という意味、かなとも思えた。でも、俺と一緒にいてくださいっていうのは、なんだか。 「プロポーズです」  真っ直ぐ、とても真っ直ぐに俺だけを見つめてそう言った。 「それはっ」 「わかってます。まだ付き合って一年も経ってないし、貴方にしてみたら俺は初めての交際相手ってだけで、誰かと比べたこともない。プロポーズとか重いですよね。だから、ゆっくりでいいからそのことを考えて欲しいって、明後日、クリスマスに言うつもりだったんです。もう年末だし、3月くらいには賃貸の更新とかあるからそのタイミングにでもまた改めて考えてもらえたらって」  夜景の見える、とても雰囲気の良いレストランでそう言おうと思っていたと、苦笑いを零した。 「けど、さっきのことがあって、できたら今すぐに一緒に暮らしたい」 「……」 「ゆっくりなんて待ってられない」  ギュッと抱きしめられて、座ったままだから、なんだか変な格好になって寄りかかってしまう。けれど、腕の力はとても強いから身を捩るのも、自分で床に手をついて身体を支えるのもできないまま、寄りかかってしまった。 「まだ出会ってから一年も経ってないですけど、でも、俺にとってはすごい長年してた片思いの人なんです」 「あ、あの……」  寄りかかってもびくともしないようだったから、俺も存分に寄りかかって、ギュッと抱きついてみたんだ。 「どうしたら良いんだろうってずっと考えてた」 「荘司?」 「それで八代君に相談したんだ。その、その内容までは聞いてないのか?」 「いえ、怪しい男がいたってだけ」 「……そうか」  ずっと一緒にいたいと思ってしまうと相談したんだ。  こんなに毎日一緒にいるのに、それでもまだ足りないようで、もっと長く一緒にいられないものかと考えてしまう。流石にしつこいだろうし。もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。どうしたらもっと適切な距離感というか、交際ができないのだろうと。これじゃ、ひっつきすぎて嫌気がさしてしまうかもしれない。夢中すぎて呆れてしまうかもしれないと。そう思ったんだ。 「そしたら、八代君に笑われた。落ち着こうとしなくて良いんじゃないかと」 「あいつが?」 「正嗣が重たいと、そういう相談かと思ったって。そんなことないって答えた。重たいなんて思ったことないって、むしろ」 「むしろ?」 「俺の方が重たいだろうって」  額をくっつけたら、この気持ちも全部そっちへ流れ込んでいけば良いのに。そしたら、どれだけ濃くて大きいのか、容易に伝えられるのに。 「だから、その」 「その?」 「俺なんかで良いのか? って、思う」 「貴方が良いんです」  いくら言葉を重ねても、重ねても、それでもまだ足りないくらい。 「貴方こそ良いんですか? 俺なんかで」 「なっ、なんかじゃないっ俺にとってはっ」  怖がりで、愚かで、田舎者な自分が好きじゃなかったけれど。君が俺のことを好きだと言ってくれるから、それだけで変われたんだ。 「とても大好きな、大事な人なんだ」  その人が俺を好きになってくれるのなら、大事にしてくれるのなら、俺は自分のことも大事にできるって思った。 「だから」  部屋があったまってきたけれど、まだ、もっとずっとギュッと抱きついていたい。 「正嗣がいい」 「……」 「正嗣と一緒にいたい」  もっと、ずっと――。 「あっ……ン」  シュルリとネクタイが解かれて、首筋に一つキスマークがくっ付いた。 「あっ……正嗣っ」 「荘司」  シャツのボタンを外してもらいながら、少しだけ身体を起こして、正嗣の逞しい胸に手で触れる。 「あの、一つだけ、いいか?」 「?」 「その……」  これは……いつも思っていた。けれど、訊くのは少し怖かったから、気にしないようにしていた。言わないし、気にしていないように思えたから、俺もそっと気が付かないフリをしていた。 「俺の、その裸とか、あの、見たことある人はたくさんいるだろう?」  このホクロだってなんだって、全部、誰かにさ、その――。 「そんな奴じゃ、嫌じゃな、フガっぐ……っ」 「嫌なわけないでしょう!」  俯きながらモゴモゴと、返ってくる返事に怖がりながらそんなことを訊いたら、急に鼻を摘まれて、変な音が鼻から出てしまった。びっくりして、そして、顔を見上げたら、ちょっと怒った顔をしていた。 「確かに、ソウさんを知ってる奴はいるだろうけど」 「あっ……ン」  首筋、敏感なんだと正嗣に教わった。  唇が触れだけで反応して声を出してしまう。 「貴方を知ってる奴は俺だけです」  深い口付けは好きだけれど、まだ手伝ってもらわないと息ができなくて、ギュッと正嗣の服にしがみついてしまう。 「キスが相変わらず下手で」 「あっ」 「首筋にキスするだけでも、反応する」 「ンっ」  どれも一人じゃ味わえない快感。 「不慣れなくせに、身体はすごいエロいとか」 「あっ、ンっ指っ……ぁ」 「知ってるのは俺だけでしょ」 「ん」  やっぱり深いキスは呼吸がしにくくて、正嗣に息継ぎをさせてもらいながらしがみついていたら。 「知ってるのは、俺だけだ」  中がきゅぅんと欲しがりで切なくなった。

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