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第78話 ソウ

 プロポーズをされてしまったんだ。  初めて、お前に話しかけるよ。  なぁ、ソウ。  信じられるか?  お前ごと、俺の丸ごとを好きだと言ってくれる人が現れたんだ。  ずっと。  ずっと、後悔していた。  消せるものなら消してしまいたいと本当に思っていた。けれど、今、ソウっていう過去に、生まれて初めて感謝をしている。  目を瞑っていたら、その閉じた瞼の向こうでぽわりと明かりが灯ったのを感じた。もう夜もかなり遅い時間のはずだ。一緒に寝たはずなのに、明日仕事なのに、まだ起きてるのだろうかと、そっと目を開けると、正嗣がスマホを見ていた。 「……眠れないのか?」 「ぁ、すみません、起こしちゃいました? 明るかったですよね」 「……いや」  俺は寝ていなかったから。  感動していて、眠れなかったんだ。けれど、起きていると正嗣の睡眠の邪魔になるからって、目だけ瞑っていた。 「今、三時になるところです」  夜中の三時、少し苦手な時間帯だ。子どもの頃はこの時間帯に目が覚めてしまったら、慌ててぎゅっと目を瞑ったっけ。丑三つ時っていうのはお化けがたくさん右往左往する時間帯なんだと学校でクラスメイトから聞いてしまったものだから、怖くて怖くて、もしもその右往左往する何かに出くわしてしまうのではないかと。 「……荘司?」 「この時間帯はお化けが出るんだ」 「へぇ、そうなんですか?」 「あぁ、丑三つ時って言って」  子どもの頃は怖くて仕方なかったのに。 「でも、大丈夫だ。正嗣がいる」  今はそう怖くはないんだ。あまり。  布団の中で、そっと優しく手を握ってくれる正嗣の方へと身体を寄せて、その懐に潜り込む。こうしているから大して怖くないって伝えるように、正嗣の喉元に額を擦り寄せて。 「すみません。今日も仕事なのに。早く寝ないと」  もう一日仕事はあるから。夜更かしするわけにはいかない。それでなくても昨日はいろんな事があって、寝るのも遅くなってしまったから。 「なのに全然寝れそうにもなくて」 「どこか、」  どこか痛いとか、具合でも悪いのかと訊こうとした。 「だってプロポーズ、したんです」 「……」 「本当に、貴方に、OKをもらえたって、なんか夢みたいで、寝て起きたら夢だったってなりそうで」  そんなこと、あるわけないのに。 「それこそ、プロポーズだけじゃなくて、貴方と出会ってからの毎日が夢だったのかもって。起きたら、俺はソウさんの動画を見ながら寝落ちてた、とかなのかもなんて考えちゃって。だから」  確かめようと、スマホのフォルダを見ていた。  そんなの――。 「けど、ソウさんの動画がないから、夢じゃないんだって」 「そんなのこうして確かめられるだろう?」  寝るのに邪魔なくらいの存在感で俺が抱きつくと、そのままぎゅっと、更にもっと存在感が増すように抱きつく腕に力を込めた。 「それにこうしてたら俺も怖くない。一石二鳥だ」 「ですね」  今度は正嗣がぎゅっと抱きしめてくれて、頭上でくすくすと笑っている。 「これなら大丈夫そうです」 「あぁ」  そうして目を閉じると、急に眠くなってきた。 「少し、大丈夫じゃないですけど」 「え? 俺はちゃんとここにっ」 「そうじゃなくて。貴方が腕の中にいる」  顔が見えるようにと見上げれば、常夜灯の仄かな灯りの中、少し熱を帯びた瞳が俺を見つめてた。 「そしたら」 「あ……」  どきりとする視線。 「正嗣」 「でも、今夜はもうしません」 「え?」 「はい、そこで残念そうにしないでください」  言いながら、もっとぎゅっと抱き締められた。 「我慢します」 「……我慢、するのか?」 「はい。なので煽らないでくださいね」  息が篭って熱いのに。 「……お化けはどうですか?」  なんだか面白い質問の仕方にクスリと笑ってしまった。 「怖くない。大丈夫」 「また一つ、怖いのを克服しましたね。っていうか、今日、ストーカーを追いかけた荘司にはお化けも退散する気がする」 「あれはっ!」 「うそだろー! って思いましたから」 「だって」  抱き合って眠るのは窮屈で狭いのに。 「かっこいいって思いました」 「どこがだ。カッコ悪いだろう、いつも俺は」 「カッコよくて、綺麗で可愛いです」  むしろそこまで色々くっつくと信憑性に欠ける気もするけれど。 「あったかいですね」 「……あったかいな」 「明日起きられるかな」 「あと三時間後に起きないとだ」 「……無理な気がする」 「それはダメだぞ。寝坊は」 「けど社会人としての先輩の無遅刻無欠席記録に泥は濡れないので頑張ります。……おやすみなさい」 「……おやすみ」  この腕の中で眠れる。これからもずっと、そう思うとくすぐったくてたまらないけれど、もう眠らないと。 「……愛してます」 「………………こら! 寝る気ないだろ!」  髪にキスをしてそんなことを告白して、これじゃちっとも眠れないだろうって抗議をしたら、笑ってる。 「寝ますよ。寝る気満々です」 「本当に! 寝ないと!」 「はい。おやすみなさい」 「おやすみ」 「…………大好きですよ」 「だから! 寝る気!」 「ありますって。ちょっと、言わないと眠れないなぁって思って」 「あのなっ」 「寝ます寝ます。はい。………………愛してます」 「だ、か、ら」  しばらくそんなことをしていた。お互いにあくびが出るまで。窮屈で、あったかくて、とても狭くて、とても居心地の良い寝床で。  なぁ、ソウ。 「…………俺も」  信じられるか? 今、一人じゃないんだ。俺も、それから、お前も。今、とても、一人の人にすごく愛されているんだ。

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