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スポデイ頑張る編 12 大いに夢中
もうすっかり日が暮れてしまった。
「はぁぁぁっ、楽しかったですね!」
そう言って背伸びをした正嗣の髪が春風にはらりと揺れた。ふと手を伸ばして撫でたくなる綺麗な形をした後頭部、指で触れたくなる、風に揺れる後ろ髪。
「ね。荘司」
振り返って見せてくれる笑顔も。
「うん。とても楽しかった」
どれも愛しいと思う。
「終わりましたねぇ」
「うん」
本当に、ついに終わった。
この日のために各所に連絡して、たくさんの人と話しをした。
走り回ったたし。
今までなら話すこともなかったような部署の人とも話せた。
人見知りだから、自分から他部署の人に話しかけるなんてこと絶対にしない人間なんだ。でも今はこのイベントのおかげで、フロアを歩いているとあっちこっちで挨拶をしてもらえるようになった。驚くよ。本当にあっちこっちから。
でも、そうやって色んな人と話すことが楽しいと思ってる自分に、実は一番驚いてる。
「楽しかったです? 荘司」
バーチャルなんてものも体験したことがなかった。
スポデイがなかったら、紙相撲のことも思いつかなくて、紙相撲をやろうってならなければ、自宅で図工もきっとしなかった。正嗣と紙相撲のお相撲さん髪人形を作るの、楽しかったな。
他にもたくさん。
この機会を与えてもらえたことにすごく感謝してる。
一緒に色々考えてくれた子育て促進課のみんなにも、すごく感謝している。
そして何より。
「もちろん楽しかったよ」
「ならよかったです」
「だって、正嗣がいたから」
目を丸くして、正嗣がじっと俺を見つめて。
「なら、よかったですっ」
そう言って笑った。
どのありがとうも根源は正嗣なんだ。
「俺何もしてないですけど」
「そんなことない」
色んな人と話せたのも、課のみんながいてくれることでどれだけ助けてもらえていたのかも、全部、正嗣がいてくれたから、知ることができたんだ。
「それに、俺こそ、終わってくれてよかったぁって」
「ふふ、またそんなことを言って」
「いやだって、最近の荘司ってよく笑うし、慌てるし、焦るし、失敗したーって顔するし」
「…………それ、後半、というか笑う、以外はちょっとダメじゃないか?
慌てて焦ってるって、何かやらかした時じゃないか。っていうか、失敗したーって顔……してる?
「第一印象、すっごい綺麗な人だ、でした」
「……」
「ここの市役所に入って、貴方を見た瞬間、なんて綺麗な男の人がいるんだろうって。ソウみたいに綺麗なんだけどて」
「っぷ、本人だからな」
「はい」
マスクをしてないと怖くて仕方がなかった頃だ。
いつか誰かに知られてしまいそうで、怖くて怖くて、人の目を見て話すのも怖くて。だから、威嚇するように胸の内では、ツーンした口調で呟いてたっけ。
あぁ、苦手だ、って。
「あの頃の荘司ってとにかく綺麗だったけど。今の荘司は綺麗なだけじゃないから」
あぁ、イヤだって。
「ちょっと心配です。あの頃はきっと過去を知られないためにしてたマスクだと思うんですけど」
「……」
「今は、その魅力を隠しとかないといけないから必須になったマスクって感じです」
正嗣が小さく笑って、暮れかけた春の青空を見上げた。
「ちゃんとマスクしててくださいね」
「なんだか、マスクの本来の意図とは随分違うけどな」
「いーんですっ、もうなんでもいいから、ちゃんと隠しておいて」
「わかったよ」
「本当にっ、ですからね!」
「わかったってば」
おかしくて笑ってしまった。まるで子どもみたいに駄々を捏ねるようにそんなことを言うから。
「最近、荘司がカウンターの外、歩いてるとあっちこっちから声かけられるんですもん」
「ふふ」
「前はカウンターの外になんてほとんど出ないで、パソコンの液晶にすっぽり隠れてたのに。あの頃は安心だったなぁ。市民課の女性職員の間でもアイドル的存在に」
「なってないなってない」
「いや、橋本さんが言ってたし」
橋本さんのあの情報網の威力すごいな。なんでも知ってる気がする。あ、でもなんでも知っているのなら、正嗣のファンもいるかどうか知ってるかな。今度聞いてみようかな
「でも、確かにあっちこっちで話しかけてもらえるようになった」
「でしょ? わざわざ追いかけてきたりしません?」
「それは、言い忘れたこととか用事があったんだろう?」
「今、なんでもネットの時代ですよ? メールでいいです。メールで」
「あはは」
「笑い事じゃないんですってば」
「でも」
今日は一日身体を動かしたからかな。日が暮れて少し肌寒くなってきたけれど、それでも風が心地いいって感じる。
「あっちこっちで話ができるのは、結構楽しい」
「! ちょおおおっ」
「あはは」
「マスクにサングラスで歩いてくださいよー」
「それじゃ警備員さんに怪しい職員がいるって捕まってしまう」
「いいですっ、そのくらいで」
俺は大丈夫だよ。
「はいはい」
「んもおー、? なんで頭なでるんです?」
「なんとなく」
「えぇ? なんで? 頭になんか付いてます?」
「……何も」
「え? 間があった。今、ちょっと間がありませんでした? えぇ? 何か付いてます?」
楽しいことも増えた。
ワクワクすることも増えた。
色んな人と話すきっかけがあることを喜ばしく思うようになった。
けれど、一番は。
綺麗な形をした後頭部を撫でて。
風に揺れる後ろ髪を指ですいて。
全部丸ごと愛しくてたまらない目の前の男のことに夢中なのだから。
「何ついてるんです?」
「……別に何も」
「ほらぁ、また間があった!」
「……」
「ちょおお、だまんないでくださいよ!
荘司に、大いに夢中なのだから。
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