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第43話 恋する犬の躾けかた(2)
「経験もないのに、そんなこと言われても……」
「経験がなくたって、双方合意で愛し合ってるなら、これは愛する行為ですよ。最初にあなたを抱いた時、一生懸命強がってほぐしてるところを見て、すごく興奮した。そのあと、俺を振ってから、袋小路で足掻いてるのを見るのも、すごく愛しかった」
「そ、そんなこと、聞いてないぞ」
「今初めて言ったので」
伊緒が恥じらうと、斑目は笑って、再び伊緒の膝頭にキスをした。
「あなたは汚れてなんかいない。きれいな宝石みたいです」
「っ……悪趣味だ」
「そうですか? 悪趣味でも別にいいです。でも、もう、先輩は俺のもの、ですよね?」
そっと腰を抱くようにして、斑目が伊緒を見上げた。リードを持った手に手を重ね、「御用向きがあれば伺います」と言う斑目の眸は、欲情の色を映している。伊緒は斑目の誘いに、腰の奥がぎゅっと疼くのを感じた。
「俺の、初めては、お前のものだ」
「?」
「好きになった相手と合意のままするの、初めてなんだ」
あの男との時は、片恋のままだった。
集団強姦された時は、合意ですらなかった。
他の誰かとした時は、気持ちが伴っていなかった。
手に入れたものを壊したくない、離したくないと感じるのは、初めてのことだった。
「俺の噛み跡、だいぶついちゃいましたけど、痛くないですか?」
「止せばいいのに、毎回噛まれる」
伊緒が言うと、斑目の指が皮膚をなぞる。結局、伊緒は今でもラブホには入れないままだ。が、傷ごと愛してくれる斑目がいるのなら、そのままでもいい、と思うようになっていた。男同士の飲み会には、斑目が出る時だけ、時々参加している。最近は、周囲も伊緒を斑目とセットで見るようになってきたので、飲んだあとは大抵こうして、同衾するのが習慣みたいになっていた。
「すみません、つい……。わかってはいるんですが」
垂れ耳の犬顔で言われると、つい伊緒は本音が出てしまう。
「もっと噛んでくれても、いい」
「え?」
「痛いのも、好きだ。夏日のものなら」
恥ずかしくて、目を合わせられなくて、斜め下を向いて言ったあとで、斑目の表情が気になって仕方なくなり、結局、前を向いてしまう。
すると、悪い笑みを乗せた斑目が、囁いた。
「じゃ、今度、少し痛いこと、してみますか?」
「する」
「えっ」
「してみたい」
「……いいんですか?」
「くどいな」
驚きの表情で、斑目が伊緒を椅子から抱き上げた。そのまま横抱きにされ、つい先ほどまで交わっていた寝室へ連れていかれる。
ベッドに横たえられると、斑目がのしかかってくる。
「もし駄目だと思ったら……」
「リードを引く。お前を蹴り飛ばす。わかってる。でも、たぶん大丈夫だ」
伊緒は静かにはじまった愛撫を受け入れながら、そっと斑目の髪を梳いた。身体の中から熱が湧いてくる。もう一回だけ、と自分の中で言い訳をして、伊緒は斑目の背中に腕を回した。
「希先輩が……、こんなに俺に懐くなんて、思わなかった」
斑目の身体にも、噛み跡や引っかき傷が、無数に付いている。
「これじゃ、どちらが犬か、わからないな」
言って、伊緒は晴々と笑った。
=終=
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