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*** 「見事な花畑だ」 はっとしてレイが振り返ると、そこにはアザミがいた。のんびりと花畑を眺めるアザミに舌打ち、レイは花の収穫を再開した。 ここは、タタスの村を見下ろせる高台の丘。広大な敷地一面に、ホランという可愛らしい白い花が咲いている。その花から名前を取り、この場所はホランの丘と呼ばれていた。 レイは花を摘むと、傍らに置いた大きな籠の中へと放った。 「ホランの花か」 「星祭り用に栽培してるんだ。今年は星結いの儀があるから、例年より多くの花が必要だからな。上手く咲いてくれて良かったよ、この村にとって貴重な収入源だし」 「それでは、星結いの儀を成功させなくてはな」 星祭りとは平和への祈りの祭りで、星結いの儀とは、王族の結婚式の事だ。 アザミの言葉に、レイはパッと顔を輝かせた。アザミが、隣国の王女との結婚を前向きに考えていると思ったからだ。だが、そんなレイの思いは、アザミのにっこりとした笑顔に消されてしまう。 「君と、私のな」 間近に迫るその整った微笑みは、瞳だけが妙に熱っぽく見えてしまい、レイは慌てたようにアザミから顔を背け、距離を取った。 「だ、だから、なんで俺だよ!俺の為にも王女と結婚してくれ!」 「何故、君の為になる」 分からないと、逃げるレイの腕をアザミが掴めば、レイは焦ったままその手を振り払った。その際に見えたアザミの表情は、驚いたような、どこか傷ついたようにも見えて、レイは咄嗟に顔を背けた。 アザミを傷つけたい訳ではないが、こんな自分相手に、どうしてアザミが気持ちを揺らすのかが分からない。だって、誰がどう見たって不釣り合いだし、自分には何の取り柄もない。自分にあるのは、厄介な瞳だけだ。 レイは唇をきゅっと噛みしめると、アザミに背を向けた。 「…俺がこんな瞳だからだよ」 出来るだけ感情を抑えながらそう言うと、レイは側に置いていた籠を抱えた。そのまま歩き出そうとしたが、アザミが焦った様子でレイの前に回り込んだので、レイは俯いたまま足を止めた。 「隣国との関係悪化は君のせいではない、元から溝はあった」 「…でも悪化させるきっかけを作っただろ」 レイに記憶はないが、自分がどういう経緯でこの村にやって来たのか、ダンとリオから聞いていた。初めは、他人の悪意からレイを守る為だとしか教えてくれなかったが、レイがしつこく問いただしたので、ダン達は折れる形でレイに過去の事を話してくれた。その時、アザミと仲良くしていたとは聞いていたが、それも昔の話だ。アザミと過ごした日々を忘れてしまったレイにとっては、アザミは世間が噂するように、ふらふらと城から抜け出すおかしな王子としてしか認識がなかった。だから、城の兵士の姿でアザミが酒場に現れた時、アザミの事をイカれた王子だと、きっと面白がって自分を連れていくつもりなのだと、嫌味のように発言した。 「レイ」と、アザミに名前を呼ばれ、レイははっとして思考から顔を上げた。顔を上げた先では、真剣な顔つきのアザミがいて、その真っ直ぐと注がれる視線を受けてしまえば、アザミがイカれた王子だとはどうしても思えなくて、レイはどうにも落ち着かない気持ちになる。 「そうだとしても、罪を犯したのは向こうだ。君の意思を無視して君を連れ去ろうとした、私の大事な君を。君はそんな国の王女と結婚しろと言うのか?結婚が両国にとって友好の架け橋だと何故思う」 どこか責めるように言われ、レイは反射的にムッとして言い返した。 「物騒な国だからだ!知ってるか?この村の皆は、隣の国がいつ攻めてくるか、争いが起こってしまわないか、ひやひやしながら暮らしてる!一番に攻め入られるのは、国境に面したこの村、」 その時、パンッ、という、乾いた音が空に響いた。 「え、」 音と共に倒れ込んできたアザミの体を受け止めきれず、レイは抱えた籠を手放し、そのまま仰向けに倒れ込んだ。一体何が起きたのかと、覆い被さるアザミの体を起こそうとしたが、その時、アザミの背中に回した手が、ぬる、と滑り、その手の感触に、レイは顔を真っ青に染めた。 「う、嘘だろ」 自分の手を広げて見れば、その手のひらは血でべったりと濡れていた。そして気づく、先程の音は銃声で、アザミは撃たれたのだと。 「アザミしっかりしろ!なんでこんな、」 レイは慌ててアザミの下から這い出ると、腰に下げていたタオルを傷口にあてる。白いタオルは瞬く間に赤く染まっていく、弾は左肩の下辺りを貫通したようだった。 「…大丈夫だ」 「え、」 焦るレイとは対照的に、傷を負ったアザミは不思議なほど冷静だった。 「う、動くな!傷が、」 「この程度、大したことない」 「お、おい、」 アザミはレイの手をそっと払うと、一つ息を吐いて立ち上がった。その様子に困惑しつつ、レイはその体を支えた。 アザミは平然として見えた、まるで、痛みなど感じていないかのような振る舞いに、レイの胸は逆に騒ついてくる。どうしてそんなに平然としていられるのか、銃で撃たれて痛くない筈がないし、立つのもきっと辛い筈だ。早く止血をしなければ、腕がまともに動かせなくなるかもしれない、下手したら命にかかわるかもしれないのに。 「アザミ、」 堪らず声を掛けるが、アザミはそっと口元を緩めただけだった。 これが、一国を背負う責任を生まれながらに持つという事なのだろうか。今までも、アザミはこういった事態に直面してきたのだろうか。だとしたら、彼はどれだけ危険な目に遭ってきたのだろう。 それでも、アザミはレイを守ろうと下がらせる。 レイは思わず唇を噛みしめ、その腕を無視して、彼の前に飛び出した。 「何している、下がれ!」 「どう見ても、守られるべきはアンタだろ」 銃声のした方を見れば、笑い声を上げて男達がやってくる。その姿には見覚えがあった。スキンヘッドの男を筆頭に、体のあちこちに包帯を巻いている集団、あれは先日、レイ達の酒場に現れた盗賊団だ。 「この間、うちの店を荒らした連中だ。あいつらの狙いは俺だ」 「ならば尚更だ」 アザミは片腕でレイを下がらせた。その力の強さにレイは驚いたが、ここで引き下がる訳にいかない。アザミに反発しようと顔を上げたレイだったが、その言葉は喉奥に吸い込まれていった。 アザミが盗賊達に向ける視線、その威圧感に息を呑む。間違いなくこの人は王族だ、そう感じると同時に、過去にも似たような瞳を見た事があるような気がしていた。 「君達、何か用か」 「なんだお前、俺達はそこの金髪に用があるんだ」 「悪いが私が先約だ。帰って貰えるかな」 「はあ!?ごちゃごちゃ言ってないでさっさとどけ!どかないと撃つぞ!」 その言葉を合図に、男達が一斉に銃を構えたので、レイは咄嗟にアザミの前へ飛び出した。「撃て!」と響く声にきつく目を閉じたが、直後、アザミに片腕で抱き込まれてしまう。 瞬間、レイは再び胸を騒つかせ青ざめた。 アザミを失う、そう思った途端、頭の中を記憶が駆け巡った。 知らない顔、知らない声、知らない景色。知らないものばかりなのに、宝石のような夜空の下、繋いだ手が温かった事、この手だけは信じられる事をレイは知っていた。 その手の先にいたのは…。 パン!! はっとして顔を上げる。見上げたアザミの表情は変わらない。続けて、パンパン、と弾ける音と共に、男達が戸惑い騒ぐ声が聞こえてきた。 レイがそちらへ目を向けると、彼らの足元で何かが破裂し、閃光と共に煙が上がっていた。レイは緩んだ腕から体を離すと、戸惑いながらアザミを見上げた。 「な、何が起きてるんだ?」 「俺はイカれた王子だからな」 レイは思わず顔を引きつらせた。まさか、「イカれた王子」と言った事を根に持っているのかと思ったが、アザミは軽やかに笑っている。 「自分の身は、自分で守る準備があるって事だ。あれはただの閃光弾と煙玉だ」 そう言いながら、アザミは腰に下げているポーチを広げて見せる。中には様々な球体や道具が入っていた。レイを抱きしめる直前、この中の球体を投げていたのだろう。 「オマケに眠り粉付きだ」 レイが再び男達を振り返ると、煙が風に乗って消えていく。そこには、すっかり眠りに落ちた男達の姿があった。 「す、凄いな…まるで万能なポケットだ」 「準備が良いと言ってくれ」 アザミは得意気に笑ったが、途端にふらりと体を傾けてしまった。レイは慌ててその体を支え、ゆっくりと地面に腰を下ろさせた。 「ほら!大丈夫じゃないじゃん!」 「…はは、格好がつかないな」 慌てふためくレイに、アザミは苦笑う。その笑い顔が何だか苦しくて、レイはアザミの手を掴むように握ると、顔を俯けた。 「…本当、イカれた王子だな」 「褒め言葉かな」 「もう、喋んな!」 レイは怒りながら、アザミのポーチを漁った。包帯を見つけたので、ひとまず応急措置に取りかかった。滲み出る血に、アザミは表情こそ変えないが、その額には汗が滲み出ている。 「…村に戻って、早く医者に診て貰おう。大丈夫、こんな村の医者だけど、腕だけは確かだから」 静かに頷くアザミを見上げれば、アザミはそっとレイを見つめていた。その愛しそうな眼差しに、レイは途端に胸が騒ついて、あからさまに狼狽えてしまう。それが恥ずかしくて、どうにか気丈に振る舞ってみせようとしたが、アザミのように平然とはいられなかった。 やっぱり、アザミは王子様なんだな。 住む世界が違う人間、それを突き付けられた気がして、それならどうしてアザミが自分を必要とするのか、レイにはやはり理解が出来なかった。 なのに、胸が騒いで苦しい。 忘れていた過去の自分が悲しんでいるようで、レイはますます困惑して、アザミの顔を見る事が出来なかった。

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