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「隣国との事を言っているのか?関係の悪化は君のせいではない、元から溝はあった」 「…でも、悪化させるきっかけを作ったんだろ」 レイに記憶はないが、自分がどういう経緯でこの村にやって来たのか、ダンとリオから話を聞いていた。初めは、他人の悪意からレイを守る為だとしか教えてくれなかったが、レイがしつこく問いただしたので、ダン達は折れる形でレイに過去の事を話してくれた。その時、アザミと仲良くしていたとは聞いていたが、それも昔の話だ。アザミと過ごした日々を忘れてしまったレイにとっては、アザミは世間が噂するように、ふらふらと城から抜け出すおかしな王子としてしか認識がなかった。だから、城の兵士の姿でアザミが酒場に現れた時、アザミの事をイカれた王子だと、きっと面白がって自分を連れていくつもりなのだと、嫌味のように発言したのだ。 「レイ」と、アザミに名前を呼ばれ、レイははっとして顔を上げた。向けた視線の先には、真剣な眼差しのアザミがいて、その真っ直ぐと注がれる視線を受けてしまえば、アザミがイカれた王子だとはもう思えなくて、レイはどうしても落ち着かない気持ちになる。 「そうだとしても、罪を犯したのは向こうだ。君の意思を無視して君を連れ去ろうとした、私の大事な君を。君はそんな国の王女と結婚しろと言うのか?結婚が両国にとって友好の架け橋だと何故思う」 静かな苛立ちが向けられたような気がして、レイは思わず萎縮してしまう。けれど、それでもレイは素直にアザミの思いを受け入れる事は出来なかった。 何を言われても、レイにはアザミが何を考えているのか分からないからだ。その言葉を、どうして素直に信じる事が出来るのか、大事だなんて、この瞳が珍しいから欲しいだけなんじゃないか、だって、その為にダンとリオは自分の側にいて、アザミだって、最初は面倒だと思っていたんじゃないか、だから、わざわざ辺境の村に隠したんじゃないのか。 言いたい事も聞きたい事も山ほどあるのに、その言葉が上手く口から出てこない。思いを口にしようとすれば、アザミのまっすぐな眼差しが邪魔をして、もやもやと胸を騒がし、レイは混乱する。 アザミの事を信じられないと、ただ突っぱねたいのに、それが出来ないのは、信じたいからだろうか。 いや、今更何を信じる気だ。だって、信じたところで自分の気持ちは変わらない、この国の、この村の未来を思えば、アザミがとるべき行動は、こんな自分への求婚ではないだろう。 レイは顔を俯けると、ぎゅっと拳を握った。 「あの国が、物騒な国だからだ」 レイの呟きに、アザミが僅かに身を引いた気がした。その様子を感じ取ると、レイは顔を上げる事が出来ないまま、言葉を吐き出した。 「知ってるか?この村のみんなは、隣の国がいつ攻めてくるか、争いが起こってしまわないか、ひやひやしながら暮らしてる!一番に被害に遭うのは、国境に近いこの村だからだ!」 すらすらと言葉が出てくるのが、不思議な気分だった。確かにこれらは、レイが常日頃持っている危機感だが、それを訴える内側では、やけに冷めた心が自分を冷たく見下ろしているようだった。アザミの気持ちを無視して、隣国の王女と結婚でもしろとレイは言っている、レイは自分で言っておきながら、その言葉に動揺していた。 分からない、胸の奥に、何かが苦しいと言って手を伸ばしている気がするのに、レイはそれに手を伸ばせない。手を伸ばしてしまったら何かが変わってしまう気がして、ただ怖かった。 「…レイ、」 それでも、アザミはレイに手を伸ばそうとする。俯いた心を、握りしめた拳の震えを、放ってはおけない。不意に、レイの金色の髪が風に揺れる。俯く表情は髪に隠れ、その隙間から黒い眼帯が見え隠れする。二人の間に風が駆け抜け、まるでレイに触れる事を拒絶されたような気がして、アザミは伸ばした手を、その場でそっと握りしめた。 それでも、どうしても、 「…それでも、私にはレイが必要だ」 静かに呟かれた言葉に、レイが戸惑いながらそろりと顔を上げた。 その時だ。 パンッ、という、乾いた音が突然、空に響き渡った。 「え、」 そして、その音と共に、アザミの体がぐらりと揺れた。その体はレイに向かって倒れ込み、レイはそれを受け止めきれず、そのまま仰向けに倒れ込んでしまった。一体、何が起きたのか。あの乾いた音には聞き覚えがある、レイの心をすぐさま不安が埋めつくし、その不安に急かされるように、レイは覆い被さるアザミの体を起こそうと、その体を揺さぶった。

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