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アザミの傷の応急処置を終えた頃、ホランの丘は村人が集まる大騒ぎとなっていた。銃声の音を聞きつけ、或いは丘の上に見える白煙を見て、重ねて、レイとアザミの姿が見えないと、ダンとリオが慌てて丘へ向かう姿を見てしまえば、何か大変な事が起きたとしか思えないだろう。
「アザミ様、レイ!」
真っ先に丘へと駆けつけたリオとダンは、二人の姿を見て顔を青ざめさせた。アザミの傷は包帯で巻かれてはいたが、そこからは血が滲み出し、レイもいつもの勝ち気さはなく泣きそうな顔をしている。咄嗟にリオは二人の前に膝をつき、怪我は、傷はと、その体を確かめ、ダンは倒れている盗賊達に殺気立つ視線を投げかけた。
「落ち着け、問題ない」
「落ち着いていられますか!こんな、私達が側にいながら、」
「だが、無事だ。それに、無傷だ」
何を言ってるんだと、反論しようとリオは身を乗り出したが、アザミが、ぽんとレイの頭を撫でたので、リオは言葉の代わりに大きく息を吐き出した。
アザミにとっては、自分が傷を負っても、レイが無事なら、それは問題ない事なのだろう。突然、アザミに頭を撫でられたレイは、心なしか頬を赤くしながら、「無事じゃないだろ!怪我してるだろ!」と、アザミに怒っている。それでも、アザミはニコニコと機嫌が良い。
そんな主を前にして、リオは困り顔でダンと顔を見合せた。二人としては、アザミに怪我を負わせてレイも危険に晒したのだ、その自分達の落ち度を、いくらアザミが問題ないとしたところで、無いものとは出来ないのだろう。
「おいおい、なんだこりゃあ!」
「レイちゃんは無事かい!?」
「こいつら、昨日来たっていう盗賊じゃないのか」
そんな声がいくつも背後から聞こえてきてくる。そこには、騒ぎを聞きつけた村人達が集まっていて、すっかり夢の中へと誘わられた盗賊達を前に、混乱の声を上げている。
「こちらは問題ない、彼らの対応をしてくれ」
アザミの言葉に、ダンは暫し悩む様子を見せたが、村人達がこちらに駆け寄ってくるのを見て、ダンはアザミに頭を下げると、村人達の元に向かった。まだ村の人々には、昨日、村にやって来た兵士が王子であるアザミだったとはバレていない、ここで王子がいると知られればまた大騒ぎになってしまうだろう。アザミはそれもまた構わないと言うのだろうが、これ以上、傷に障ってもいけない。ダンは村人達に指示を出していく、盗賊達を縛る縄の用意と憲兵への連絡、その際に、村で一番足の速い少年に、医師への伝言を頼んだ。アザミは事が済むまで自分の事を後回しにするだろうが、傷の手当ては早い方が良い、ダンは指示を出し終えたらすぐにアザミを抱えて丘をおりるつもりでいた。
「医者って、レイちゃん、大丈夫なのかい?」
そのダンの指示を聞いて、村人達の心配そうな声が次々と上がってくる。大丈夫だと、ダンは声を掛けて回っているが、彼らの視線は心配そうにこちらに向けられている。
「俺は大丈夫だから!みんな、ごめんな!」
彼らの気持ちに応えるように、レイが大きな声で腕を振れば、彼らはその姿を見て安心したようだ。
良かった、こっちは任せてと、口々に声を揃えてこちらに手を振り、ダンの指示に従って、眠っている盗賊達に縄を掛けていく。そんな彼らの傍らには、それぞれ鍬やら斧やらがある。きっと、レイを助ける為、盗賊に立ち向かおうとしてくれたのだろう。その勇ましく心強い覚悟に、レイは思わずといった様子で肩から力を抜いた。
「あんなん持ってきたって、敵わないのに」
呆れたように呟いた言葉の裏には、レイの村の人々に対する思いが込められている。彼らの気持ちが嬉しい事は、その表情を見るだけでもよく分かる。この村で、レイは人々と良好な関係が築けているのだ、そう思ったら、アザミも安堵に表情を和らげた。
「…愛されてるな」
「え?」
「皆、君を助けに来たのだろう」
レイが照れ臭くて言葉の裏に置いたものを、アザミは大事にしたくて言葉に取り出した。面と向かって言われたからか、レイは顔を僅かに赤らめ、落ち着きなくそっぽを向いた。
「そんなの、盗賊にこの丘が荒らされると思ったからだろ。ここは、村でも大事な場所だからな」
「そうだろうか」
どこか微笑ましそうに見つめてくるアザミに、レイはますます落ち着かない様子で、「と、とにかく医者だ、医者!」と、慌ただしくダンの元へ駆けて行った。
レイがダンと話をしている中も、村の人々はレイを気遣うように囲っている。
「申し訳ありません、アザミ様、」
レイと入れ替わるようにアザミの元に駆けつけたダンは、不甲斐なく膝をついて頭を垂れたが、アザミは表情を緩め、やんわりと首を横に振るだけだ。
「…ここに来て良かった」
ダンとリオはその言葉に顔を見合せ、揃ってアザミの視線の先を追った。すっかり村の人々に囲まれるレイを見れば、アザミの言葉の意味がよく分かる。村の人々も、十五年も同じ村で過ごしていれば、レイが女装をしている事も、ダンやリオも含め、何か事情を抱えてやって来た事は察している。それでも、事情を詮索する事なく、村の一員として認め接してくれている。記憶を失うほどの傷を負ったレイが、今は笑顔の中にいること、危険がまるでない訳ではないが、それでも、確かにこの村を選んで良かったと、ダンとリオはアザミの言葉に頷いた。
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