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そして、責任という意味では、レイも同じ気持ちだった。盗賊達はレイに報復する為にやって来たのだ、自分がもっと上手く立ち回れていたなら、アザミが怪我をする事はなかったし、こんな風に無理矢理村から出ていく事もなかっただろう。
アザミの気持ちに応えるかどうかは別として、アザミもこの村を気に入っていたように感じていたので、そういった意味でも、レイは申し訳なさを感じていた。その感情には、少なからず寂しさが含まれていたが、レイはそれには気づかない振りをして、アザミに頭を下げた。
「ごめん、俺のせいだ」
「何を言っている、君のせいじゃない。私も注意が足りなかった…お陰で盗賊を捕まえられたが、君に怖い思いをさせた、こちらこそすまない」
そう頭を下げたアザミに、レイはぎょっとして顔を上げさせた。
「王子が簡単に頭下げるなよ!」
「何故?王子だからこそだ」
平然と言い放つアザミに、レイは溜め息を吐いた。
「なんだよ、一丁前になりやがって…昔は、」
昔は。
すんなりと口から出てきた言葉に、レイは溜め息どころか、時が止まった感覚を覚えて固まった。
昔はって、なんだ。昔も何も自分は何も知らないというのに、アザミというおかしな王子がいるという話だって、ちゃんと認識したのは数年前のこと、アザミの昔なんて知らない。知らないのに、記憶の端の方で、泣いてる少年の姿が頭を過った、それがアザミだと、どうして疑いもしなかったのだろう。
「レイ、」
アザミの呼び掛けに、レイがはっとして顔を上げれば、まさか自分の事を覚えているのかと、期待に瞳を輝かせているアザミがいて。そんな風に見つめられたらますます戸惑ってしまい、レイは慌てて顔を俯けた。
今のレイの発言は、完全に無意識によるものだった。
頭の中に過った泣いている少年は、自分に手を引かれていた。こちらを見ると、ほっとした様子で笑っていて、その時の自分は、まるで弟のように少年を思っていたこと。だから、面白くないと思った。自分より先に大人になってしまったようなアザミに、今度は置いていかれたような気持ちになって、一丁前に、なんて言葉が口をついていた。
もう振り返ってみても何も思い出せないのに、それがアザミとの思い出かどうかも分からないのに。
「な、何言ってるんだろうな!何も知らないのに!」
ははは、と大袈裟に笑うレイに、アザミは少し寂しそうな表情を浮かべた。それでも笑って誤魔化すしかない、これ以上、アザミとの繋がりを持つのは怖かった、離れるのが寂しいだなんて思ってしまいそうで、怖かった。
「そろそろ行かないとだな、いつまでも待たせていたら、あの兵士も気の毒だろ」
王子のわがままに振り回されたって、上から怒られるのは彼らだろう。そう、このままさっさと別れてしまった方が良い、その方が、何事もなくいつもの日常に戻れるのだから。
しかし、寂しそうな表情を浮かべていたアザミは、その表情の裏で何やら考え事をしていたようで、レイが部屋を出て行こうとすると、不意にレイの手を取った。レイは驚いて肩を跳ね上げたが、そんなレイに構わず、アザミはぐいとその手を引き寄せた。
「ちょ、ちょっと、」
「レイは知ってる?この村の言い伝え。今から行ってみよう」
「…は?」
それだけ言うと、アザミはレイの手を引いて、部屋のドアではなく、窓を開けた。
「ちょ、何してるんだよ」
「静かに」
顔を間近に囁かれ、その距離感にレイがどきりとしていれば、アザミはすんなりとレイを抱え、かと思えば、そのまま窓から飛び降りてしまった。
「う、嘘だろ!」
二階とはいえ、そもそも飛び降りる高さではないし、それも人を抱えてだ、傷に障らない筈もない。それでも着地は見事に決まり、レイを地面に下ろしたアザミはぴんぴんしている。
「…いつも、こんな風に城を抜け出しているのか?」
「どんな場所に追い込まれても、逃げられる術を身につけるのは大事なことだからね」
質問の答えになっていないが、アザミはそれ以上を言うつもりはないらしく、「行こう」とレイの手を取ると、足取り軽く走り出した。
酒場の外の物音に気づき、すかさず兵士達が追いかけてきたが、それにはダンとリオがアザミの味方をしてくれたようだ。数時間程度なら、猶予をくれたのかもしれない。
レイはといえば、突然の事に、拒む事も忘れてされるがままだった。
ぐいと引く腕は逞しいのに、この手を握る手は優しくレイを包んでいる。その温もりが、先程、脳裏を過った小さな手の温もりと重ねてしまい、レイはその手を振り払うなんて出来なかった。
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