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そうしてアザミに連れてこられたのは、ホランの花が咲く、あの丘だった。 「この丘は、いつ来ても心地がいいな」 アザミは本当に気持ちよさそうにしているが、レイはあまり穏やかな気持ちにはなれなかった。 レイにとってもこの丘は、ホランの花が咲く自慢の場所で、心安らげる場所で、それから、アザミが銃で撃たれた場所でもある。レイはどうしてもアザミの肩に目がいってしまい、繋がれたままの手からそっと手を外した。アザミの視線がこちらに向いた気がしたが、レイはその視線から逃れるように、その場に座り込んだ。 白く可憐なホランの花が風に揺れる、ざわざわと騒がしい胸の内を見ているみたいで、レイは膝を抱えて顔を伏せた。アザミを避けたように見えただろうかと、また別の不安が生まれたが、アザミはすぐに隣にやって来て腰を下ろしたので、レイは少しほっとしてしまった。 触れそうで触れられない距離、この距離感で並ぶのも、今日で最後だろうか。きゅっと胸が痛んだ気がして、レイは顔を上げる事が出来なかった。 「星祭りの夜にここで愛を誓い合い、ホランの花を飛ばした恋人達は、永遠に結ばれる。知っているか?」 不意にそう尋ねたアザミに、レイは躊躇いつつも頷いた。それは、この村で暮らしている者なら誰もが知っている古い言い伝えだ。 星祭りの夜に平和への願いを込め、ホランの花の光る綿毛を飛ばす風習があるが、この風習は、タタスの村の言い伝えが発祥だとも言われている。今では星祭りの風習の方が広く知られているので、発祥が別にあると思う人も少ないだろう。なので、知る人ぞ知る村の言い伝えだ。 どうしてアザミがそんな事を知っているんだろうと、レイがちらりとアザミを見上げれば、アザミは一つ花を摘み、手のひらにその花を乗せたところだった。ホランの花は、花びらの中央に丸みのある綿毛がある、それに向かって少し強めに息を吹き掛けると、キラキラと輝く綿毛が風に乗って、気持ちよさそうに空を飛んでいく。 レイがそれをぼんやり見送っていると、不意に視線を感じてアザミを見れば、穏やかに微笑む瞳と目が合ってしまい、レイは慌てて顔を背けた。 「ここで、君と花を飛ばした」 その言葉に、「え、」と、レイは再びアザミに目を向けた。レイには、この丘でホランの花を飛ばした記憶はない、冗談かと思ったが、アザミの様子を見る限り、嘘ではない気がする。 まっすぐと届く眼差しに、レイはどうしてか、悔しいようなもどかしいような気分にさせられた。 「…俺は飛ばした事ない」 「あるよ、覚えてないだけだ」 穏やかな物言い、愛おしいものを見つめるその瞳、空気感。でもそれは、本当に自分に向けられたものなのだろうか。 胸がぎゅっと、苦しくなる。 アザミは、自分の知らない自分を見ている、過去の、忘れてしまった頃の自分を求められても、それはきっと、今の自分とは違うのではないか、レイはどうしてもそんな風に思ってしまう。 だって、二人を繋ぐものなんて自分にはない。アザミの知るレイとはきっと変わってしまった、過去を知らない自分は、もうその自分に戻る事は出来ないのにと。 俯き顔を背けたレイに、それでもアザミは変わらず話を続けていく。 「星祭りの手伝いにここへ来た時、君と二人で花を飛ばした…あの頃から私の想いは変わらない」 それからアザミは居ずまいを正し、レイと向き合った。片膝をついたその姿に、レイは戸惑いながらアザミを見上げた。 「レイ、私と共に城に帰ってくれないか?もう一度、私の事を知ってほしい」 その申し出に、レイはきゅっと唇を噛みしめて、それから、やはり困ったように視線を逸らした。

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