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第1話

HARU、爛漫☆第1楽章『初めてのキス』 俺たち3人、黄嶋春楓(きじまはるか)、青木春翔(あおきはると)、赤木春希(あかぎはるき)は、翠璃ヶ丘(みどりがおか)学園幼稚部に通っている事、近くにあったピアノ教室に通っているという事で出会い、仲良くなった。 幼稚園児の時は春翔も春希も気が弱くて泣き虫で、からかわれてはすぐ泣いていたから俺が守ってやってたんだ。 「お前ら、男ならすぐ泣くな!」 「でも、あすなくんが……」 「あすなくん、お友達も呼んでぼくたちをいじめるんだよ。ぼくたちふたりでいる所を見たらいじわるしてくるから、ぼく……」 泣かされていたふたりを助けると、オレはふたりに向かって話してた。 「あんなやつ、おれの前ではひとりになったらすぐ泣く弱いやつだぞ!はると、はるき、あすなたちに囲まれたらとりあえず逃げろ!それでおれを呼べ!!お前らの面倒はおれがずっと見てやるから!!」 「ありがとう、はるかくん、ぼく、すぐ泣かないように頑張る!」 「ぼくも!はるかくんみたいに強くなっていやな事はいやだってちゃんと言えるようになる!」 まだ涙の残る顔で言ってたふたり。 俺にとって、ふたりとも大事な友達。 だからそんなふたりを苛める奴は例え年上でも許せなくて、俺はひとりでも立ち向かって何度も相手を泣かせたりボコボコにしたりしてきた。 それから10年以上の時が流れて、俺たちは大学までエスカレーター式の学校だったからそのまま高等部に進んでいた。 俺はピアノは続けてたけど、サッカーの方が好きだったからそっちを頑張ってた。 小学部の頃までは俺が一番デカくてケンカも強かったけど、いつしかふたりに身長を抜かれて、ふたりとも知らないうちにモテてて、春翔は『青の貴公子』、春希は『赤の貴公子』なんて異名までつけられてた。 でも、俺たちの友情は変わらないまま……のはずだった。 ****************** 「春楓、来週の試合、頑張って!」 「僕ら、その日コンクールだから応援に行けないけど、お互い頑張ろうね!」 進級して、俺たちは同じクラスになった。 去年はバラバラで、今年は修学旅行のある年だから絶対同じクラスになりたいって3人でよく話をしてた。 だから俺はすごく嬉しかったんだ。 で、春翔と春希もピアノを続けてて、ふたりは俺よりも頑張ってて、コンクールではいつもどちらかがいい成績を残していた。 ちなみに俺も一応サッカー部でレギュラーになってて、ふたりはコンクールの日じゃなかったらいつも試合のある時には応援に来てくれてた。 「おう!俺も頑張る!!」 ピアノのレッスンの帰り道、3人でそんな話をしながら駅までの道を歩いていた。 ふたりとも180越えてるのに対して、俺は165しかなくていつもふたりを見上げて話していた。 せめてあと5センチ。 そう思って小遣いを貯めて背が伸びるって言われてるサプリを買って飲んだりしてみたけど、今のところ効果はなかったりする。 俺たちは同じ路線の電車に乗り、春翔が先に降りる。 春希は俺と同じ駅で家も割と近くて、いつも家まで送ってくれた。 春希の家は相撲部屋で、親父さんは元力士。 春希、昔は小さくてガリガリで泣き虫だったのに、中学部に進級すると背も伸びて身体も大きくなって、今では制服のブレザーがきつそうな、ピアノが小さく見えるような体格になってた。 でも、中身は知り合った頃とあまり変わってなくて、口数は少ないけど優しい奴なんだ。 「春楓、僕、春翔に負けないから」 春希が掛けている縁なしの眼鏡がキラリと光る。 「おう!今回は随分気合い入ってるな、春希!!」 「うん、今回の曲、自信あるんだ」 俺より低めの声は迫力を感じる。 春希が最初に声変わりした時、俺よりずっと高い声だったからめちゃくちゃびっくりしたんだよな。 「そっかぁ。見に行けないの、残念だ」 「うん、僕も春楓の試合見たかったよ。春楓の頑張ってる姿、カッコイイから……」 そう言って、春希は俺の顔を覗き込んでくる。 「春楓、僕が一番になったら、ご褒美くれる?」 そう言った春希の顔は、今まで見た事がないような顔だった。 「なっ、何だよ、それ!」 見た事のない、大人びた顔の春希。 俺、何でか知らないけどドキドキしちまったんだ。 「……ふふっ、何奢ってもらおうか考えとくね」 春希はそう言って、口元だけを緩ませて笑う。 いつからか、こんな笑顔しか見せなくなったよな、春希は。 幼稚部の時は満面の優しい笑顔だったのに。 「お、俺だって活躍したら昼飯奢ってもらうからな、春希!」 「ん、いいよ、春楓も僕に何を奢って欲しいか考えておいて」 「おう!」 そんな話をして、俺たちは別れた。 ****************** 迎えた俺の練習試合とふたりのピアノコンクールの日。 FWをやってる俺はハットトリックを決める事が出来て、チームの勝利に貢献できた。 コンクールの方は春翔が最優秀賞を取ったらしく、春希はその次に送られる審査員特別賞だったらしい。 春翔が連絡をくれてそう教えてくれたんだけど、いつもはそこで終わる電話が今日は終わらなかった。 「それでさ、春楓。これから少しだけ会えないかな」 「え?これから?俺、シャワー入っちゃったんだよな」 「僕が春楓の家に行くからさ、それならいいよね?」 いきなりの誘い。 春翔、昔からマイペースなところがあるんだけど、今日はいつもに増してマイペースだな。 「分かった、気をつけて来いよ」 「うん、ありがとう、春楓」 電話を切ると、俺は母親に春翔が家に来る話をしに行こうかな、って思ったけど、すぐに諦めてた。 元ピアニストだった俺の母親は結婚するまでは指揮者やってる父親と世界中を飛び回っていたらしいけど、結婚して俺を産んでからは自宅でピアノ教室をやるようになった。 ちなみに俺は子供だから私情が入るって事で母親からピアノを教わった事がなかったりする。 母親の今日の予定は18時から21時までレッスンが入ってて、俺はさっき一緒に早めの夕飯を食べていた。 電話から30分くらいして、春翔は来た。 春希よりは少し低いけどスラリとした身長の春翔。 母親がハーフだからちょっと日本人っぽくない顔とふわふわした焦げ茶色の天然パーマは小さい頃はからかいの対象になってて、俺がそう言った奴を片っ端から泣かせてたけど、今ではカッコイイって騒がれるようになってた。 手にコンビニの袋を持ってきた春翔は俺にお土産って言ってシュークリームをくれて、自分は一緒に買ってきたと思われるざる蕎麦を食べ始めた。 ダイニングで並んで座って食べる俺たち。 「おばさん、仕事?」 「いや、今日は父親と食事」 「春翔は行かなくて良かったのかよ」 「うん、僕は春楓に会いたかったから」 そう言って、春翔はその茶色が濃い大きな目を細めてにっこりと微笑む。 春翔の家はちょっと複雑な家庭で、おばさんはシングルマザーって事になってるけど、ちゃんと相手がいて。 その人、つまり春翔の父親だけど、その人が他に結婚してて子供までいるらしく、春翔やおばさんにはたまにこっそり会いに来て一緒に過ごすらしい。 小さい頃はそんな事情なんて知らなくて、春翔は幼稚部の行事に父親が一切来なかったからお父さんのいない子って言われてからかわれたりもして、本当はいるんだっていつも泣いていた。 俺は春翔がウソをつくような奴じゃないって信じてたから、そう言った奴も片っ端から泣かせてきてた。 父親はおばさんの事も春翔の事も大事にしてくれてるみたいで、今こうして好きな事をやれてるのは父親のお陰って言ってる春翔を見ると、家族のカタチは少し違うかもしれないけど幸せな家族なんだと思う。 「春楓」 「ん?」 「口の端にカスタードクリーム、付いてるよ」 「え?マジ?」 「動かないで……」 俺より少しだけ低い声がいつもとは違う雰囲気で話して、そのカッコイイって言われてる顔が近づいてきて。 えっ、めちゃくちゃ近くね?って思ってるうちにクリームの付いたところを舐められる。 「わっ!ちょっと春翔、何す……」 舐められて背筋がぞくっ、としたと思ったら、今度は唇を塞がれた。 ……春翔の唇で、塞がれたんだ。 「は、はると…!!」 俺にとって、初めてのキス。 それが春翔とだなんて。 慌てて春翔から離れようとしたのに、春翔に抱きしめられちゃって、動けなくさせられた。 「びっくりした?春楓」 「あ、当たり前だ!何でキスなんか…」 「何でって…好きだからだよ、春楓の事。ずっとずっと想ってたんだ、春楓だけをね」 「え……っ?」 何で? 春翔が俺の事、好き? 俺、そんな風に見た事なかったけど。 混乱していると、また春翔が俺にキスしてきて。 今度は俺の唇を舌で舐めてきて、それにびっくりして口を少し開いたらその舌が中に入ってきて。 「んん……っ!!」 春翔の手が、そうしながら俺の髪や頬を撫でる。 舌同士が触れ合ってぴちゃ、ぴちゃって液の滴る音がして。 初めての感覚は頭をくらくらさせて、俺は気づいたら春翔の身体にもたれかかっていた。 「ふぁ……っ……」 唇が離れた瞬間、春翔と俺の間は透明な糸で繋がってた。 「可愛い、春楓。僕のキスでそんなに可愛い顔してくれるなんて、すごく嬉しいよ……」 「はると…」 春翔の長い指が俺の唇に触れる。 友達だと思ってたのに。 最初はそう思ったんだけど、春翔がすごく真剣な気持ちなんだっていうのが長年の付き合いで分かったから、そんな気持ちはどこかに行っちまって。 その後、俺はまた春翔とキスをした。 抱き締められながらくっついては離してを繰り返すそれに、俺はすごくドキドキした。 「なぁ、何で俺なんだよ。お前なら相手選び放題じゃん」 「何でって、春楓はいつも僕の事を守ってくれたから。僕の生い立ちの事とか分かっても関係なく接してくれたからだよ。春楓がずっと僕を守ってくれたから強くならなきゃって思えたんだ」 「それは…俺だけじゃねぇだろ、春希だって……」 「春楓、僕の事だけ好きになってくれる?」 俺が春希の名前を出すと、春翔は言葉を遮り、表情を変えた。 見た事のない、少し不機嫌そうな顔。 ほんの少しだけど、怖いと思った。 「それ、どういう意味だよ」 「…春希じゃなくて僕を選んで欲しいって事」 「は?」 春翔の言葉に、俺は困惑する。 まさか、春希も俺の事……。 「きっと、明日分かるよ。春希はきっと明日、春楓とふたりで会いたいって考えてると思う」 そんな話をした後、春翔は帰っていった。 俺は春翔に押し付けられた色んなものにモヤモヤしながら眠りに就いた。 ****************** 朝。 いつもはスマホのアラームでようやく目が覚めるのに、今日はあまり眠れなかったからかすぐに目が覚めた。 『春楓』 昨日の春翔の顔が浮かぶ。 あんな風に名前を呼ばれたのも初めてだったな。 そりゃそうか、春翔も今までは俺にずっと隠してきたんだから。 俺、今日あいつにどんな顔して会えばいいんだろう。 春翔の話じゃ春希とも今日ふたりで会うかもしれないらしいし、そっちもどうしていいのか分かんねぇ。 モヤモヤしながら支度をしてると、春希が迎えに来てくれる。 いつもと同じなんだけど、今日は昨日の事があったからいつもと同じだって思えなかった。 でも、なるべくいつも通りにしないとって思ったからいつも通りに声を掛けたけど、春希はどこか元気が無さそうに見えた。 「春希、どうしたんだよ。具合でも悪いのか?」 「……昨日、春翔と会ったんだよね?春楓」 「あ、あぁ、そうだけど」 「…………」 いつもに増して少ない口数。 そうだ、春希は昨日のコンクールで春翔に負けたんだった。 自信あるって言ってたのにダメだったから悔しかったのかな。 ……まさか、春翔が俺にキスした事、春希も知ってるのか……? だとしたら、めちゃくちゃ気まずいじゃん。 そう思ったのが電車に乗る直前だったからまだ良かった……はずだった。 朝の通勤ラッシュで混雑してる電車に乗ると、誰かに腕を引っ張られる。 「わぁ……っ……!!」 それは、春希だった。 気づいたら、俺は春希に抱きしめられていたんだ。 「は、春希……?」 「お願い、しばらくこのままでいさせて……」 俺の腰に腕を回して、耳元で囁くその低い声は、甘えているような感じで。 見上げるとすぐ傍に春希の顔があって、昔よく見た今にも泣き出しそうな顔をしていた。 「…どうしたんだよ」 「……負けたくなかった。春翔に先を越されたくなかった……」 そう言って俯く春希。 そんな春希を見ていられなくて、俺は背伸びをして昔とほぼ同じ短い黒髪にしてる春希の頭を昔してたみたいに撫でた。 「何ワケ分かんねー事言ってんだよ、そんな事、今回が初めてじゃねーだろ。朝からんな暗い顔すんな」 「はるか……」 俺を見る春希の瞳にメガネ越しだけど俺が見える。 黒目より白目の面積が多い春希は、春翔とは違う雰囲気のカッコ良さがあるとかで騒がれていた。 けど、俺からしたらずっと一緒にいた友達でしかなかった……はずなのに、こうして見つめ合うとヘンな気持ちになってくる。 それは間違いなく、昨日の春翔のキスのせいだ。 「春楓、僕の初めてのキス、貰ってくれる……?」 「え……お前何言って……」 「いいよね?春楓……」 見つめあっていた顔が近づいてくる。 おい、誰かが見てたらどうするんだよ!! そんな言葉を発する前に、俺の唇は春希によって塞がれてた。 春翔の時とは違う、ただ唇を逢わせるだけのキス。 誰かが見てるかもしれないのに、春希はしばらくの間俺から離れる事なく俺を抱きしめたままそうしていた。 「な…何でこんなところでこんな事すんだよ…っ……!!」 唇を離しても身体を離してくれない春希に、俺は尋ねていた。 「何で?春楓が好きだからに決まってるよ。小さい頃からずっと春楓の事が好きだったから……」 春希の顔が少し紅くなる。 春希まで俺の事、いつの間にか友達として見てなかったのかよ。 俺だけがふたりの事を友達って思ってたんだな。 ショックではあったけど、昨日ほどではなかった。 「…嫌だよね、春楓。僕の事も春翔の事も春楓は友達だと思ってるって分かってたよ。でも、僕らは君の、『お前らの面倒は俺がずっと見てやるから』っていう言葉で春楓に恋をしてしまったんだ。今まで黙っててごめん…」 その言葉の後、春希は俺から離れる。 電車が停車して、乗客の乗降が始まる寸前の事だった。 そして、停車駅からは春翔が乗って来た。 「おはよ、春楓、春希」 「おはよう」 「お……おーすっ!!」 ふたりの前でどんな顔をしたらいいか分からなくて、とりあえずいつもの様に振る舞ってみた。 春希も何事もなかったようにしてる。 「昨日はありがとう、春楓」 「え?あ……おう……」 俺、ふたりに挟まれた状態になっちまった。 春希がチラッと春翔を見る。 「春楓、このまま立ってたら危ないから僕に掴まって」 「え?ちょっ……!!」 春翔はそう言うと、いきなり俺を抱き寄せた。 「春翔、俺大丈夫だってば」 「…………」 背中から視線を感じる。 春希が俺を見てる……と思う。 それがスゲー恥ずかしくて、こんな事止めて欲しかった。 「いつも思ってたんだ、春楓がもしこの満員状態の中で倒れちゃったらどうしようって。だから今日からこうすればいいかなって」 「だから、それは余計な…」 「勝手に決めないで、春翔。春楓は困ってるじゃない」 俺が最後まで話す前に、春希が言った。 いつもに増して低くて迫力のある声。 春希、もしかして怒ってるのか? そんな春希を知らないから、俺はちょっとびっくりしてた。 「負け犬は黙ってて」 「確かに昨日は負けた。…けど、春楓が完全に春翔のものになった訳じゃないのにそんなマウント取ってくるのは納得出来ない」 え?喧嘩? ふたりが俺の事で喧嘩してる? 「お、おい!待てって!ふたりとも落ち着けよ!!」 俺、なんとか春翔から離れてふたりの間に割って入る。 「朝からくだらねー事で喧嘩すんなって!!」 俺のその一言でふたりは俺に謝ってきて、とりあえずその場は収まった。 ****************** 「春楓、ごめんね、朝は感情的になってしまって」 「僕も。あの場に相応しくない事をしてしまってごめん」 昼休み。 いつものように教室で飯を食べ終わると、ふたりが改めて俺に謝ってくる。 「もういいよ。俺、気にしてないから」 「本当?」 「良かった、春楓に嫌われたらどうしようかと思った」 ほっとした顔を見せるふたり。 こいつら、昔からスゲー単純なトコあるよな。 「…あのさ、お前らいつからそんな感じなんだよ。前までコンクールあってもそこまで勝負とかしてるように見えなかったんだけど」 俺、ふたりが落ち着いたのを確認すると小声で聞いてみる。 「それは……ここじゃ言えない話になっちゃうから春楓の部活が終わってからじゃダメかな?」 「うん、僕もそう思う。誰かに聞かれたら春楓に迷惑がかかると思う」 ふたりは顔を見合わせた後、そう言った。 「何だよ、それ」 嫌な予感しかしない。けど、今更どうする事も出来ない。 「ごめんね、春楓」 「帰りにいつものカラオケで話すよ。それでいいよね?春希」 「あぁ……」 みんな、ずっと同じ気持ちだと思ってたのに、いつの間にか違ってた。 ふたりとも俺の事、友達として好きじゃなくて、恋の相手として好きになってた。 普通ならドン引きなのかもしれないけど、俺、不思議と嫌だとは思わなかった。 ふたりにキスされた時も、むしろドキドキしちまったし。 嫌なのは、ふたりが俺に隠し事してるんじゃねぇか、って思ってる事。 それがこの後、解決すればいいんだけど。 ****************** 俺が部活の間、いつもふたりは図書室で勉強をしながら待っていてくれた。 部活を終えて図書室に行くと、そこには女の子たちに囲まれてるふたりの姿があった。 「春楓」 「みんな、ごめんね。僕らもう帰るから」 ふたりは俺の姿を見ると、すぐに荷物をまとめて来てくれる。 「え〜もう帰っちゃうんですか?」 「もっとお話聞きたかった〜」 「でも仕方ないわよ〜、幼稚部からの大事なお友達が来たんだから」 俺を見てクスクス笑いながらそう言う女の子。 俺がふたりにずっと付きまとってるって思ってる女の子が多いみたいで、毎回絶対一度は言われる言葉。 聞きすぎて何とも思ってないけど……。 「耳障りです、その言い方」 リュックを背負うと、春希がキッパリとした口調で女の子に向かって言った。 「え……」 「貴方は大切な人を悪く言われても平気なのかもしれませんが、生憎僕はそういう荒んだ神経は持ち合わせていないので不愉快です。今後、僕らの前に現れないで頂けますか?」 いつもはほとんど話さない春希が低いトーンで冷然と話す言葉に、女の子の顔色が青ざめていく。 「春希、言い方キツすぎ。でも、僕も賛成かな。春楓を悪く言う子にはここにいて欲しくないね」 そこに柔らかい口調で畳み掛ける春翔。 ふたりとも、目つきがかなり怖い。 このやり取りも毎回の事なんだけど、俺はその度に容赦ないふたりを止めに入ってた。 「春希、春翔、言い過ぎだって。このやり取り何回目だよ、いい加減学習しろ!!」 これも毎回言う第一声。 「でも、毎回言う相手違うけど」 「そうそう、噂にならないのかな?僕らにとって春楓の事を悪く言われるのが一番嫌な事だって」 これも毎回返ってくる返事。 そうなんだよな、女の子たちの間でそういう噂が流れればいいのに、何故か流れていないみたいで同じ事が繰り返されてる。 女の子が泣いていても全く気にしてないふたり。 今まではスゲー空気の読めない奴らだと思ってたけど、俺への気持ちを知ってしまった今、これはふたりにとっては当然の対応なんだと思う。 …理解にはかなり苦しむけど。 「……まぁいっか、春楓、帰ろう。時間がもったいないよ」 「行こう、春楓」 「あ、あぁ……」 ふたりに促され、女の子たちに会釈すると、俺は図書室を後にした。 ****************** 母親に連絡して、3人でよく行く春翔の家から近いカラオケに向かった俺たち。 飯もそこで食べよう、って事になり、俺はオムライス、春翔はあんかけ焼きそば、春希はエビドリアを頼んで、その他にみんなでつまめるようにお好み焼きとフライドチキンとポテトを頼んでいた。 それで腹を満たすと、春翔が話し始める。 「僕が春希に言い出したんだよ、次のコンクールでいい成績を取れた方が春楓のファーストキスの相手になろうって」 「……は?何だよ、それ」 春翔はすごく真面目な顔をして話してくれたけど、俺はそれを聞いた瞬間に言葉を失った。 「僕は最初、反対したんだ。春楓に内緒でそんな事を勝手に決めるのは良くないって。でも、それなら春翔はコンクールの後に春楓に会って告白してキスするって言うから、それがどうしても嫌で……」 デカい図体してるのに身体を小さくして話す春希。 小さい頃、泣かされて俺に経緯を話してる時みたいだ。 「春楓、内緒で勝手にキスを賭けてた事は謝るよ。でも、僕らは本気で春楓の事が好きなんだ」 「春楓、ごめんね。でも、僕らはもう春楓に内緒で春楓の事を好きでいるのはやめようって決めたんだ」 ふたりが物凄い勢いで迫ってきて、俺に向かって真剣な顔で交互に話してくる。 その迫力に、俺は今まで気持ちを内緒にされてた事や勝手にファーストキスを賭けて勝負されてた事に対してショックや怒りの気持ちが沸いたはずだったんだけど、そんな感情は何故かどこかに行っちまってた。 「……お前ら、マジで馬鹿だな。でも、そうなっちまったのって、俺のせいなんだよな……」 小さい頃からずっと一緒にいて、気づかずに過ごしてきた俺が悪いんだ。 こいつらを守ろうって思ってやってきたけど、それでこいつらは勘違いしちまったんだよな。 そんな風に思えてきた。 俺の言葉で、ふたりの顔が泣きそうになっていく。 あぁ、やっぱこいつら馬鹿だな。 俺の一挙手一投足にこんなに一喜一憂して。 仕方ねぇ奴らだな。 「まっ、過ぎた事を色々言ったってどうにもならねぇよな。でも、俺は今すぐどっちか選べって言われても無理だからな。俺にとってお前らふたりとも大事な友達だって思ってきたんだから」 俺はふたりに笑って言った。 「春楓……!!」 そしたら、春翔が抱きついてくる。 「ごめん、ごめんね、春楓。僕、僕だけを選んでって言わないようにするし、今度からはちゃんと春楓に隠さないで勝負するから」 「え?春翔、まだ勝負する気なのか?」 「だって、春楓との初めてのHが出来るのはひとりだけだから勝負するしかないでしょ?」 「な……っ……!!お前ら、そこまで考えてるのかよ!!」 俺、慌てて春翔から離れる。 「……うん、僕たちの好きはそういう事だよ、春楓。春楓の全部が欲しいんだ」 離れた先に春希がいて、背後から抱きつかれる。 耳元で囁くように言われて、俺はドキッとしちまった。 「春翔、次は絶対に負けないから」 「僕だって負けるつもりはないよ、春希」 おいおい、何ふたりで盛り上がってんだよ。 どっちにしても俺、置いてきぼりじゃね? 仕方ねぇけど。 って……。 「……なぁ、その勝負、止めるつもりねぇの?男同士でH出来るワケ……」 春希から離れると、最大の疑問を俺はふたりに投げかける。 「出来なかったらこんな話してないよ、春楓」 「春楓、何も知らないんだね。そうだ、今度3人で観てみる?僕、勉強の為にDVDダビングして持ってるから」 すかさずふたりがとんでもない事をめちゃくちゃ真顔で言ってくる。 「そうだね、3人なら春翔も抜け駆けしたりしないだろうからいいと思う」 「僕、抜け駆けなんかしてないけど。春希こそ涼しい顔して抜け駆けしそう」 「おい、お前ら、勝手に決めるな!!」 その後もふたりの理解不能な舌戦は続いて、俺はそんなふたりに終始ツッコミを入れ続けていた。 いつかは答えを出さなきゃいけないんだろうけど、俺、ふたりのやり取りに麻痺してきたのか、これはこれでいいのかもしれないって思うようになっちまってた。 だって、こうして話してる時もすごく楽しいから。 ふたりには悪いけど、今までの分として許して欲しい。

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