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ひとつぶめ

ぼくには年の離れた兄がいる。 兄は幸せな人だ。やさしくて美しい奥さんとあたたかで幸せな家庭を築いている。絵に描いたようなそれが羨ましくて、いつかぼくも大好きな人としあわせに暮らすんだと願っていた。 ―――なのに。なんだこれは。 10年前、ぼくには結婚を約束した相手がいた。お互い男同士だったが、問題ない。ぼくたちは固く誓いあったはずだった。 「なんだ、まだ城にいたのか。オレはお前といっしょになる気はないぞ。オレには将来を誓った相手がいるんだ」 「…王子」 だが、どうやらぼくはすっかり忘れられてしまったらしい。約束だけはきちんと覚えているんだから、なんて皮肉だ。 「あああポートランド王子なんということを…!シャスラ様、気になさらないでください。決して本心ではないんです!」 「何を言う。紛れもないオレの本心だぞ。気にしてもらわないと理解できないだろう」 あわあわする侍従と尊大な態度の王子。ぼくは溜息をついた。 「…もういい。部屋に戻ります」 「シャスラ様!」 「いいか、万が一でもオレはお前だけは選ばないからな!」 ぼくの背中に投げつけられた王子の言葉には、さすがに胸が痛んだ。 「まったく…王子には困ったものです」 冷や汗を拭いながら追いかけてきた侍従のサルタナ。サルタナはぼくたちの事情を知っている。 「どうだか。あれが王子の本音なんでしょ?」 ぼくが登城したときには、すでにあんな態度だったんだから。 出会ったときには幼すぎて、ぼくたちは互いの正体なんて知りもしなかった。 だけどぼくはそうしないうちに、彼が血筋もたしかな王子様であることを知る。そのときぼくは、ぼくの王子様は本物の王子様だったんだ、なんて能天気なことを考えていた。 そしてどこから嗅ぎつけたのか、度々王様の使いが現れるようになって、年頃になったぼくは城に迎え入れられたのだ。 花嫁候補として城に入ったぼくは、それが王子の意思だと疑いもしなかった。だってそうだろう。彼は10年前に約束した最愛の人だ。 だけど王子はぼくのことを覚えてはいなかった。 それどころか、父である国王様が勝手に選んだ者だとぼくのことを疎む始末。 ぼくは唖然として、悲しかった。 国王様をはじめとする事情を知る者たちは驚き、呆れて、ぼくを気遣う。そうすると彼はますますぼくを嫌い、遠ざけた。 張り裂けそうな心を抱えていたのは、一体いつの頃までだったか。 いまではぼくも諦めて、あの約束を交わした相手はもう遠くに行ってしまったのだと思っている。 それでも、なぜだかどうして王子のことが嫌いになれなくて、ぼくはまだ城に留まっている。 …多分、いつか王子が目を覚ましてくれると、どこかで期待しているのだ。

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