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ななつぶめ

気分転換に、と兄様に連れられて街に降りたときだ。 美味いものでも食べようと向かったレストランの店先で不意に呼び止められる。 「あんた…!」 振り返った先にいたのは、王子が連れてきたいつかの平民の子だった。 運命の相手だと見初められた少年。 彼はぼくを見るなりいやそうに顔をひそめて、王子を返して、と言った。婚約を解消されたのも、城を追い出されたのも、ぼくのせいだと。 王子の隣で頬を染めていた子がまさかこんな激しい性格をしていたなんて。呆気にとられたが、ぼくだって黙って言わせておくような性分でもない。 「返せって、王子はぼくのものじゃないよ」 「は?なにそれ」 目元を歪ませて睨まれる。 「運命だとか、約束だとか、散々言ってたくせにバカみたい。王子を好きじゃないなら返してよ!」 掴み掛かられそうになって供の者に庇われる。少年は取り押さえられてもなお吠えた。 「王子はあんたを好きなんじゃない、『約束の人』だから好きなんだよ!」 どきん、と胸が跳ねた。 「シャスラ、行こう」 兄様に腕を引かれて、足早に場を離れる。 ぼくは少年の言葉に衝撃を受けていた。 王子はぼくじゃなくて『約束の人』が好きだって?…ああ、そうかもしれない。幼い頃の約束なんてばかばかしい?…そうかもしれない。 ぼくたちの足を止めたのは、背の高いひとりの男が立ち塞がったからだ。 先ほどのこともあって、兄様が警戒して腰元の剣に指をかける。だがその前に彼が深く頭を下げた。 「貴族様に対する数々の非礼をお詫びする。だが、あいつも本気で王子に恋していたんだ。わかってくれませんか」 彼は自分のことを、あの少年の古い友人だと名乗った。 彼もあの少年も、このレストランの制服を着ていたから、きっとここで王子と出会ったのだろう。 一時とはいえ、二人が惹かれあっていたのを知っているぼくは、その光景がすぐさま目に浮かんだ。 そしてぼくは察してしまう。 この彼が誰を想っていたのかも。 「あの子を庇って頭下げて、あなたはそれでいいの?好きだったんでしょ、あの子のことが」 「…あいつが王子に恋するのを一番近くで見ていたんだ、諦めもつくさ」 ―――諦め。 その言葉がずしんとぼくの心にのしかかる。 そうだ、同じだ。ぼくも諦めていた。 王子はもうぼくのことなんて覚えていない。王子自身も変わってしまった、と諦めていた。 一方で、あの子を想う彼にも大きなショックを受けていた。 「…っ!あんた、なんで泣いて…っ!?」 「シャスラ!?」 周囲の驚く声が聞こえるが、はらはらとこぼれる涙はとまらない。まるで壊れてしまったように流れつづける。 だって気付いてしまったんだ。 もしかして王子とあの子が出会っていなければ、ぼくが王子をきちんとひき止めてさえいれば、彼とあの子は結ばれてたかもしれない、なんて。

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