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ストーカーですか?【5】(過去話)

 今日も今日とて俺は、ストーカーさながらの男の目をかいくぐり帰宅する。  黒い雲が空を覆い始めていたけれど、家に帰る頃までは大丈夫だろう。  しかし、俺の姿をしっかりと見たわけではないのに、改札前で張っていて見つけられるものなのだろうか。俺だって、一度気付いてしまえば簡単に鼻歌なんて歌わない。あんな、誰が歌ったかも分からない鼻歌を頼りに何週間も人を捜すだなんて。 「執念だよなー……」  玄関に入り後ろ手でドアを閉めながらぽつりと呟く。  カーテンを閉めるために窓辺に近付き外を眺めれば、小さな雨粒が降ってきているのが見えた。雨が降っても、まだ見つけられるかどうかも分からない人物を待っているのだろうか。  別に自分が悪いことをしているわけではなかったが、ほんの少し胸が傷む。気付いているのに毎日無視をしているという罪悪感。  ストーカーされている側なのに罪悪感を覚えてしまうのはおかしいだろ、と思いつつも気になってしまう。  ボーカルがいなくても三人でとても楽しそうに演奏していた姿を思い出し、誰も聞いていない自分の部屋であの時聞いた曲を口ずさむ。その内、こっそり遠くからでも見に行っても良いかもしれないと思いながらカーテンを閉めた。  レポートを書きながら途中でいつの間にか寝ていたようだ。  締切りまで少し時間があるから寝ていても平気だったが、夜中に雨の音で目が覚めてふとあの男のことを思い出す。夕方から降り出した雨は、まだ降り続いていた。まさか雨降る中いつものように終電までずっと待ち続けているわけないだろうが、あの執念深さではどうだか分からない。  キリの良いところで止めて帰っていることを祈る。  大きく伸びをして、俺はパソコンの電源を落としながらベッドへと向かった。  翌日、授業を終えて最寄り駅までやってきた俺は嫌な光景を目にしてしまった。 「おい、さっさと帰るぞ」 「やだ」 「熱あんのにバカかお前は」  いつもの野暮ったさに磨きをかけた男を、一緒に演奏していた二人が必死に連れ帰ろうとしている場面だった。  結局あの雨の中終電までいたんだな、あいつ。  俺は頭を抱えてしまいそうになりながら人混みに紛れ、男たちから少し離れて様子を窺う。  連れ帰りたい男たちとそこに残りたい男の攻防は続く。喧嘩でもしているのかと遠巻きに眺める人も多いが、すぐに友人同士の会話ということに気付いて去って行く。 「もう、捜すの諦めろって言ってんだろうが。毎日毎日、そんな一回見掛けただけの顔も分からない人物捜せっこないって」 「……絶対に見つける」  いや、もう諦めろって。  俺の口からそんな言葉が出かけた。  そうだ、友達の言うとおりだ、諦めろ。俺は姿を現すつもりなんてこれっぽっちもないんだから。だって、理由も分からないし、そもそもあんな執念深いストーカー怖い。 「離せよ。俺は絶対見つけるんだから。それに、お前たちだってもう一回聞いたら分かるって。一緒にバンド組みたいって思う!」  ん? なんて?  もしかして俺をストーカーしてる理由ってそれか? 俺をスカウトしたいという話なのか。  ただ、鼻歌歌ってすれ違った俺を? どういう理由で?  男がストーカーしている理由を知っても分からないことだらけだ。頭の中を疑問符だけがぐるぐると回っている。  とりあえず、熱あるんならさっさと帰ればいいと思う。きっと熱で頭が湧いてるんだろう。友人たち頑張れ。  顔を見合わせた仲間の二人は、深い溜息を吐くと男を両脇からがっちりと抱える。これは連れ去られる定番の姿っぽい。 「あー、分かった分かった。シズ、今日は帰ろうな。また熱が下がったらここで待て」 「倒れたら見つけられるものも見つけられないからな」  男は何か反論しようとしていたが、限界だったのか呂律の回らぬ言葉を発しながらおとなしく連行されていく。  俺はその後ろ姿を眺めつつ、背筋をなにかぞわっとしたものが駆けるのを覚える。変な気持ちだ。  理由は分かっても、それで納得できるかと言えばそんなことはない。 「しず、ね……」  ストーカー男の名前は分かった。家に帰ったらその辺りから調べてみるか、と考える。音楽関係なら動画撮ってるヤツもいるだろうし、すぐ見つかる気がする。そもそも、今まで気になっていながら探そうとしなかったのがおかしい。  なんかあいつ調子狂うんだよな、と考えながら俺は家へと向かうのだった。

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