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第10話 無言電話
カイが僕の前から姿を消して、
僕の胸にはポッカリと穴が開いたようになった。
今となっては、要君が居なくて寂しいのか、
カイが恋しいのか分からない。
自分から切り出した別れなのに、
いざ居なくなってしまうと、
どれだけその存在が大きかったか気付いてしまう。
でもそれだからと言って、何度考えても、
カイの気持ちを受け入れる思いは生まれてこなかった。
ずるいと言われればそれまでだけど、
でもそれが僕の正直な気持ちだった。
カイが去って暫くは何も身に入らなかった。
「コージ! 最近少し痩せたんじゃない?
ちゃんと食べてる?
カイと別れたの、後悔してるの?」
「アリッサ……」
あれからアリッサには、カイと別れた事だけは伝えた。
僕は罪悪感に苛まれた上に、最後の別れが悪かったので、
あれから余り眠れずに、
食べ物も喉を通らなかった。
自業自得と言えばそうだが、カイとはシコリを残さずに別れたかった。
自己満足と言われればそれまでかもしれないが、
僕は僕なりにカイのことを気にかけていた。
アリッサは、
「遠恋になるから仕方ないわね。
それに、コージもずっとアメリカに居る訳ではないんでしょうし……」
と言っていたけど、
恐らく何かを感じている。
でもそれ以上は聞かれなかったので、
僕もそれ以上は話題にしないようにした。
それからしばらくたった時、
僕の携帯に知らない番号から電話が来るようになった。
僕が出ると、それは決まって直ぐに切れた。
アリッサに相談をすると、
「セールスの類の電話じゃ無いの?
アメリカじゃ良くあるのよ。
メッセージに長々と留守電残して、
実際に人が出ると何も言わずに切れるの。
頻繁に来るようだったら、
無視するか、着拒したらいいわよ」
と言われた。
その後も無言が暫く続いて、
その番号を着拒にしようかと思った時、
フッと頭によぎった思いが、不意に言葉に出てしまった。
「もしかして…… カイ……?」
電話の向こうで、少しビクッとしたような気配がして、
また電話が切れた。
それで僕は確信した。
この無言電話の犯人はカイだ……
でも一体、今頃になってどうして……
やっぱり恨みつらみ僕に言い残したことがあるのだろうか?
もしそうだったら僕はちゃんと彼の話を聞いてあげたい。
そう思うのは高慢な事なんだろうか?
でも声も発せず切られたんじゃどうする事も出来ない。
それから無言電話は暫くは掛かって来なかった。
やっぱりあれはカイだったんだ。
きっと僕が彼を特定するなんて思っても居なかったんだ……
着歴に残った番号にかけるべきか?
彼は出てくれるだろうか?
そう思い始めた頃、
又同じ番号から着信があった。
僕は一呼吸して間を置いてから電話に出た。
「カイ……?」
「……」
今回は切られなかったけど、
沈黙が続いた。
「待って、切らないで!
カイなんでしょう?」
「……」
「どうしたの?
何かあったの?
僕に言いたいことがあるんでしょう?」
そう尋ねてみた。
相変わらず彼は黙ったままだ。
「……」
“どうしよう……
彼ってこんな人だったっけ……?
割と明るくてハッキリとした人だった筈だ……
良く笑って、怒って、泣いて、
クルクルと表情が変わっていた人だった筈なのに……
イヤ違う……
僕が彼をこう変えてしまったんだ……”
「カイ……
カイなんでしょう?
黙ったままでいいから聞いて……」
僕は祈るような気持でカイに話掛けた。
彼は切らずに無言を通していた、
「……」
「カイ……
聞いて……
カイが去って、僕はずっと考えていたことがあったんだ。
その事をずっとカイに打ち明けたかったんだ。
それは僕がずっと自分の目を塞いでいて、
知っていたのに気付かない振りをしていた事。
それによって、カイを深く傷つけてしまった事……」
「……」
「僕が君を、僕の好きだった子と重ねて接していたのは、
既に話したので君も知っている通りなんだけど、
君を彼の身代わりにした僕の闇はもっと、もっと深かったんだ。
恐らく僕は、君が僕を愛してくれている事に、
当の昔に気付いていた。
それを逆手に取って、
僕は僕のエゴでずっと君の優位に立とうとしていた。
それは……
僕が居なければ、君はどうするんだろうとか、
困ってる事があれば、僕がやっておいてあげようとか……
もし変な人に声を掛けられたら僕が守ってあげなくちゃとか、
君に期待されてる事は先回りしてやらなくちゃとか、
先手、先手に回って君の事を僕が……
僕がやってあげなくちゃって……
いつの間にか、僕自身が高慢になって、
僕が居ないとカイはダメなんだと思い込むようになってしまっていた。
僕が嘗て好きだった子にしていた様に……
そうやって僕は僕の心を守っていたんだ。
でも本当はそうじゃ無いのに、
君は彼じゃないのに、その事には目を閉じて、
僕は知らず知らずのうちに自分の中で、
カイを彼と言う人物に置き換えてしまっていたんだ。
カイをそんな身代わりに使った事を、
僕は後悔した。
でもそれと同時にカイには、
何時も僕が必要あってほしいと言う気持ちがあったのも嘘じゃない。
僕はカイに頼ってもらえるのがうれしかった。
カイの愛を感じられることが嬉しかった。
カイが去った後で気付いた事は、
僕がカイに対して嬉しく思っていたのは、
僕の好きだった彼を通してそう思っていた訳では無く、
カイがカイだったから僕は嬉しかったんだ。
いまさら遅いかもしれないけど、
それだけは嘘じゃない。
ずっと心から誠心誠意で謝りたかったけど、
もうカイとは話をすることも出来ないと思っていた。
カイはどうだかわからないけど、
僕はこうしてカイと話すことが出来て凄く嬉しい。
僕はカイと出会えた感謝の気持ちを、
ずっと君に伝えたかった」
そう言い終わると、
「浩二……」
と、カイはやっと重い口を開いた。
彼が僕の名を呼ぶ声を聞いて、ホッとした。
何度も何度も聞いていたカイの声なのに、
この時初めて、どれだけ彼の事を要君と重ねていたのか気付かされた。
要君はハスキーががった声をしていたのに、
カイの声はテノールの普通の男性の声で全く違う。
彼らは全くの別人だ。
知っていたはずなのに、今までその事に見向きもしようとしなかった。
カイは何時も僕の名を呼んでくれていたのに……
要君とは違うそのテノールの声で……
そして僕はこの時初めて、カイの声を聞いたような気持になった。
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