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第12話 日本に向かう僕の心
カイと話をした後は、
不思議と呪縛から解き放たれたように心が軽くなった。
まだまだ要君への気持ちは残っているけど、
執着心の様な気持ちは奇麗さっぱり無くなっていた。
カイと出会った頃は、
アメリカへ来た事をとても後悔した。
カイに出会った自分の運命を呪った。
でも今回の経験を思うと、
カイとの出会いは必然だったのかもしれない。
今回の会話で和解はしたものの、
僕達は友達に戻る事をやめた。
それは、もう話をしない、
会ったりもしないという意味があった。
それはカイからの申し入れだった。
カイは僕の気持ちを尊重し、
彼なりに理解し受け入れてくれた。
そして僕達の関係にケジメをつけるために、
これが最良の方法だと覚悟を決めたようだ。
だから僕も彼の気持ちを尊重し、
それを受け入れた。
いつか彼の気持ちが変わって、
話をすることが出来る日が来ればいい。
そして今は彼にも、
心落ち着ける番が見つかることを願うばかりだ。
いつか時が来たら、
かれから番を紹介されることを夢見よう……
そして僕も同じように運命の番を見つけ出し、
彼に紹介できる日が来ると良い……
それからの僕の生活は年と共にめまぐるしく変わり、
僕は卒業に向けて毎日を忙しく過ごしていた。
普通は4年で卒業する大学を、
僕は3年で卒業する事となった。
幸い僕は高校では、
特進に居たので、
アメリカの大学の一般教養は殆どを試験でパスし、
卒業に必要な単位を、
時間を取らずに習得することが出来ていた。
それに生徒が学業から休みを取る春・夏のクラスも、
進んで単位を取っていた。
それが幸いして、
入学して3年で、
卒業に必要な単位を全て習得することが出来た。
早めに進路を決定していたおかげで、
卒業間近には、はもう既に、
MBAを習得する為に働く会社は決まっていた。
MBAは数年社会に出た後取った方が、
方向性も見極められて良さそうだったので、
僕は将来母親の会社を継ぐことにはなっていたけれども、
MBAを習得する前にニューヨークにある、
割と大手の広告代理店で働くことに決めた。
この会社はMBA習得を推奨してくれる会社で、
習得全ての過程をサポートしてくれた。
勿論学費も。
その為、働きながらMBAを習得することが簡単に出来た。
だが、MBAを習得した後で、
2年間この会社で働くことが義務付けられていた。
そんな会社に就職し、
僕は営業と言う仕事をしながら、
色々な社会の仕組みを学び、
会社のノウハウを自分に叩き込んだ。
仕事はやりがいがあり、
この道に進んだことは、
間違いでは無かったと思うようになってきていた。
就職して2年、MBA習得に1年半、
僕はMBAも無事習得し、仕事も順調にこなし
契約の2年がもう直ぐそこまで来ようとしていた。
そんな時、母親から連絡が来た。
それは僕の帰国を祝って、
新しいカジュアルなアートの
会社を立ち上げるというものだった。
逆に言うと、2年の契約が終わった後で、
僕をアメリカに留まらせない彼女なりの策だったと思う。
オーナーは母親になるけど、
殆どの会社の経営権を僕に任せると言う事だった。
でも、このビジネスについてはまだまだ新米な僕は、
暫くはここで母親の下につき、
このルートのビジネスを学ぶと言う事だった。
そして僕には人材を集めるための
リクルーターが紹介された。
橋本由麻さんと言って、
彼女は美術関係に通じた母親お抱えのリクルーターだった。
今回新しい会社を立ち上げると言う事で、
彼女がこちらに回されることになった。
勿論彼女としては栄転だ。
彼女はとても切れる人で、
素早く、的確に新しい会社に必要な人物を見つけて来た。
そして彼女の功績もあり、
人材はどんどん集まっていった。
どうやら彼女は敏腕リクルータの様だ。
そんな中、そのような彼女にも、
絵画を受け持つアーチストの収得にてこずっていると言われた。
でも目星はついていて、
必死のアプローチを掛けているところだと教えられた。
そしてそんなアーチストのレジュメが橋本さんから送られてきた。
『フランス・パリで開催されていたの絵画展で見つけました。
日本人の画家の卵です、が、光るものがあります。
探しているタイプの色とタッチそのものを備えた人物です。
今年美術大学を卒業するようですが、
まだよい返事はもらえていません。
日本に帰る気があまりないようです。
彼を拾得するのは難しいかもしれませんが、
レジュメは差し詰め頂きましたのでここに送付いたします』
そのような事が書かれ、僕はレジュメを開いてみた。
海外のレジュメは日本と違い顔写真が無い。
それと自分を売り込むために、
これでもかと言うように
自分で自分の事をよいしょする。
でもこの人のレジュメは、
やはり断り続けているためにやる気が無いのか、
それとも大学生で記載することが少ないのか情報が少ない。
でも僕はそのレジュメに書かれた名前を見て、
心臓が飛び出る程驚いた。
そこに書かれていた名前は
“赤城要”
そして専攻は水彩画……
その時僕の頭はハンマーで殴られたように
グワン、グワンしていて、
“これって本当に要君?
フランス?
え? え?
同姓同名の違う人?
イヤ、彼だ。
間違いない。
それに誕生日も同じ……
その上彼の得意とした水彩画……
同姓同名で同じ誕生日、
それに水彩画を専攻する人ってどれだけの確率?
裕也は?
何故フランスにいるの?
日本に帰りたくない?
裕也と何かあったの?
あ~ 僕はアメリカへ来るべきじゃ無かった。
その上連絡を絶つなんて……
その時、自分の浅はかだった行動を、
これほど恨んだ事は無かった。
そして僕の心はこのレジュメの本人、
まだ本当か分からない
“赤城要”
に意識奪われ、居てもたってもいられなくなった。
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