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第31話 木村君

最初そっと木村君の後ろを通り過ぎる時に、 木村君の方をチラッと伺ってみた。 別に悲しそうとか、 孤独とか、そんな感じではない。 普通に絵の鑑賞をしていた。 絵をジーっと見つめては、 顔を近ずけたり、 斜めから見上げたりして、 その姿は結構様に何っていた。 周りは騒がしかったのに、 木村君は彼らを気にするようなそぶりも見せなかった。 “ただ単に一人でいるのが好きなのかな?” そうも取れたけど、 この年で一人が好きと言う様な子はほとんどいない。 それとも自分が皆でワイワイやってるのが好きだから そう思うだけなのか? でも凄く木村君の事が気になった。 どういう風に気になったかと聞かれると 答えられないけど、 どうしても話してみたかった。 大久保さんの方を見て、 ジェスチャーで、 “話し掛けても良い?” と尋ねたら、大久保さんもジェスチャーで、 “行け、行け” と手で合図したので、早速話し掛けてみる事にした。 「こんにちわ」 と声を掛けると、普通に 「こんにちわ」 と返ってきた。 「楽しんでる?」 そう尋ねると、 「絵って面白いですね」 と返って来たのでびっくりした。 普通に話してくれる。 別に警戒はしていない? では何故一人でいるのだろう? やっぱりいじめ……? 「絵が好きなの?」 「描く事は得意では無いんですが 今日見るのは好きだなと気付きました」 そう言って彼は静かに微笑んだ。 “うわ~ この子は……” 彼が微笑んだ顔を見て、 凄く華のある子だと思った。 中学生なのに、隠れた色気がある。 多分ここに居る子達は殆どその事に気付いて無いだろう。 この子はそれが分かっていて 他の子達と距離を取っているのだろうか? 取り敢えずは、いじめでは無さそうな雰囲気だ。 「今日見た絵の中でどれが一番良いと思った?」 「う~ん、全部良くってこれ!って言うのが見つかりません」 「今日の絵画展の出品作品はね、 都内にあるアートスクールの学生さんたちが描いたものなんだけどね、 絵に興味が持てたらいつでもうちのスタジオに遊びに来てごらん。 アートスクールの学生さんたちも気軽に出入りしているし、 何と言っても、美味しいお菓子とお茶がいつでもあるんだよ! それにね、ほら、あそこで女子達に囲まれてる彼ね、 うちのスタジオのメイン画家なんだけど、 話を聞けたら凄く面白いと思うよ。 同じ年頃の息子さんもいるからきっと話も合うと思うよ」 「確か、佐々木さんと言いましたよね?」 「そうだよ。佐々木要。 僕の高校の時の後輩で、 フランスのパリで絵の勉強をしたんだよ。 それでね、君の先生…… 大久保先生の後輩でもあるんだよ。 僕達は皆同じ高校を出たんだ」 「凄い繋がりですね」 そう彼が言うと、 「そうだね。 僕達は美術部の同士、クラスメイト、 先輩・後輩だったんだけど……」 僕はあの頃に思いを馳せてみた。 僕の感情を読み取ったのか木村君は、 「だったんだけど…… 何かあったのですか?」 と切り返してきた。 僕は木村君の顔をじっと見た。 多分、話すべきだろうと思った。 「あのね、高校生にもなると、 勉学にしろ、恋愛にしろ、第二次性にしろ、 色々と自分たちの将来に絡んでくることが殆どなんだよ」 そう言うと彼が、 「第二次性……」 とポツンと言った。 やっぱり第二次性について何かあるのかな? と思った。 僕は彼に微笑んで、 「中学生で大体は第二次性が分かるよね?」 そう言うと、彼はコクリと頷いた。 「僕はαだから分かるけど、 君はΩだよね?」 そう言うと、彼はビクッとしたようにして身構えた。 「ハハハ、そんなに身構えなくても大丈夫だよ。 ほら、あそこに居る佐々木さん、 彼もΩなんだよ」 僕がそう言うと、彼はびっくりした様にして要君を見た。 「じゃあ、彼の息子さんは彼が……」 「そうだね、男性が出産するって、 君の年じゃ考えられないよね。 でも正真正銘、彼の息子は彼が産んだんだよ。 もう一人ね、可愛い女の子もいるんだよ」 そう言うと、彼は信じられないと言う様な目をして 要君の事を見ていた。 「彼って、Ωそのものって感じでしょう? 雰囲気が柔らかいし、 そして凄く可愛らしいでしょう?」 そう言って僕は木村君にウィンクした。 「僕……  男性のΩを初めて見ました…… それに男性のΩが出産したって言うのも……」 「え? そうなの? まあ、出産は置いといても、 男性のΩは結構学校にもいるんじゃないの?」 そう言うと彼は首を横に振った。 そっか~ そう言う年頃か…… きっと恥ずかしくて言えないのかな? 取り敢えず男性Ωは女性Ωより更に少ない。 だからバレない様に孤立しているのかな? そう思った。 「君の名前は……」 そう尋ねると、 「木村葵です」 と彼は答えた。 あちゃ~ 名前まで女の子みたいで…… これはΩだって言うと、いじめる子も出て来るだろうな、 そう思った。 「木村君、僕の秘密を知りたい?」 そう言ったら、木村君は、目を見開いて僕の方を見た。 やっぱりこの年の子供たちは秘密という言葉に弱いようだ。 一瞬彼は良いの?と言う様な顔をしたけど、 コクコクと直ぐに頷いた。 「実を言うとね、 あそこに居る佐々木君ね、 僕の初恋の人なんだよ。 高校生の時に、 彼の事が凄く好きで、好きで……」 そう言うと、 「彼、苗字が違うって事は……」 「そうなんだよね~ 僕振られちゃったんだ~」 そう言うと、哀れんだようにして木村君は僕の方を見た。 「ハハハ、大丈夫だよ。 それはもう昔の話だからね。 今では良い仕事上のパートナーだよ。 でもね、彼に振られた時はね、 悲しくって、悲しくって、 結局は僕の幼馴染と結婚したんだけど、 僕が先に見つけたんだぞ~!って良く思ったよ。 2人を見て居たくなかったから、 高校を卒業してすぐにアメリカへ行ったんだ」 「え? アメリカですか?」 彼がびっくりした様にして聞いた。 「そうなんだよね~ もうどにでもなれ!みたいな感じで、 全ての連絡を絶って彼の元から去ったんだよ」 「それは凄いですね…… 後悔はしませんでしたか?」 「そりゃあするよ。 人間だからね。 何でも後悔だらけだったよ。 でも、その中から学ぶことも大きいからね」 「それでアメリカへ行ってどうしたんですか?」 「うん、大学に行って、就職して、暫くはアメリカに居たよ。 この会社を設立する事になって8年ぶりに帰って来たんだけど、 その時にうちの会社に来てくれる画家が佐々木さんだって分かってね。 びっくりしたよ。 偶然だったんだ。 僕がアメリカに行ってる間に彼も色々あって フランスに行ってたんだけど、 やっぱり縁ってあるんだね。 こうやってまた繋がっちゃったよ」 「未練とか、揺り返しとか、蟠りとか、 そう言ったしがらみは無かったんですか?」 「全然なかったわけじゃ無いよ。 8年間会えていなかった分、 僕自身思いを昇華で来てなかったし…… まあ、その時自分の思いから逃げるのは 解決策じゃ無いって気付いたんだけどね、 今は再会できて良かったと思っているよ」 僕がそう言うと、彼は何かを考えた様にして要君と僕を見比べていた。 「あの…… 聞いても良い質問か分からないんですけど、 佐々木さんの旦那さんってαですか?」 「そうだよ」 「じゃあ…… 佐々木さんが旦那さんを選んだのは何かわけがあるのでしょうか? 例えば、彼がαだったからとか…… それとも好きになった人がたまたまαだったとか…… 矢野さんとの違いは何だったのだろうかと思って…… あの……もし失礼な質問だったらごめんなさい!」 「ねえ、木村君は運命の番って聞いた事ある?」 僕がそう言うと、彼は明らかにビクッとしたようにして 動揺し始めた。

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