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第51話 過去の上書き

一日外を駆け回って、 木に登って、大声を出して疲れ切った木村君と智君を後にして、 僕は外の芝生の上でゴロンと寝転がって満天の星を見ていた。 昼間は忙しくて出来なかったけど、 一度この芝生の上に寝転んでみたかったのだ。 思ったよりも芝生は柔らかく、 星空は澄み切ってはっきりと星たちが見えた。 バーベキューの後片付けをして お風呂に入った後は、よっぽど疲れていたのか、 後の2人は直ぐに寝付いてしまった。 大人達は残ったお肉と野菜でつまみらしきものを作り、 ビールを飲みながら昔話らしきことをしていた。 だから僕はかなちゃんに外に行って涼んでくると伝えて、 裏にある子高くなった所に寝転んでいた。 星座はよくわからないけど、 一年中見る事が出来る北斗七星はよくわかる。 一つ一つ名前を挙げながら、ほかの星座も見つけて行っていると、 「僕も隣にいい?」 そう言って先輩が外用のブランケトを持って僕の足元に立っていた。 僕はドキッとして正座すると、 「どうぞ、どうぞ」 と先輩を招くと、 先輩は持ってきたブランケットを芝生の上に敷き、 「陽一君もどうぞ」 と僕の分のスペースを空けてくれた。 「お父さん達はいいの?」 そう尋ねると、 「お酒まわって裕也が寝ちゃったから、 要君も寝室に引っ込んでいったよ。 要君が寝室に行く前に、 陽一君が外にいるから様子を見てきてくれって頼まれてね」 そう言って先輩は僕の手を引いた。 「お邪魔します……」 そう言って先輩の隣に座ると、 「寝転ぼっか? 星を見てたんでしょう?」 そう言って先輩は先に寝転んだ。 先輩が寝転ぶのを確認したようにして 一緒になってブランケットの上に寝転ぶと、 何だか別世界に来たような感覚に陥った。 「真夏といっても標度の高い阿蘇は夜は冷え込むからね。 はい、このブランケットも上から掛けて」 そういって先輩が持ってきていた 二枚目のブランケットを僕にかけてくれた。 先輩と一緒に寝転んで天を見上げると、 今まで見ていた景色がまるで違うものと入れ替わったようだった。 よく漫画などで、そう言った様なことを言っているセリフがあるけど、 僕はいつも “漫画のセリフだよな” と、思っていた。 でもその考えは、この経験を通して間違っていたと自覚した。 「陽一君、阿蘇の旅行、楽しんでる?」 先輩の方を向くと、先輩の顔が僕の顔のすぐ近くにあった…… その距離があまりにも近くて少し戸惑った。 今まで何度もこう言ったシーンはあった。 でも、阿蘇の大自然の中で、 ともに芝生の上に寝転び、 満天の星の下見た先輩の顔はいつもと違って、 大人っぽく見えて、いや、大人なんだけど、 いつもとは違う男っぽさというか、 優しさというか、違う人に見えてしまった。 そして何だか急に恥ずかしくなって、 何も言えなくなってしまった。 “今まで先輩とどうやって接してきてたっけ?“ 急に目の前にいる人が、 初めて会った人のような感覚になった。 星空の下で見る先輩は、少し感じが違った。 今ままで見た事の無いような優しい顔をしていた。 いや、先輩はいつも僕に優しいんだけど、 その時は何かが違った。 少し目を閉じて先輩の気配を感じると、 とても安心できるような、 僕を守ってくれているようなそんな感じがした。 だから少し落ち着きをなくした心臓が落ち着いてくるのを感じた。 「阿蘇ってすごいですね。 こんなに壮大な自然を今まで見たことがありません。 東京にいたら経験出来ないことですよね。 僕、ここにくる前に少し阿蘇につて 観光どころとか検索したんですけど、 凄く雰囲気のある神社んがあるんですよ。 先輩、知ってますか?」 と少し阿蘇について調べていた時にたどり着いた 神社について尋ねてみた。 「雰囲気のある神社ね〜 いっぱいあるからなあ〜」 そう言って暫く考えた後、 「もしかして上色なんとか熊野座神社とか 何とかそんな名前の神社じゃない?」 と思い出した様にして言った。 「そうです! 確かそんな名前です。 最初熊野? それって熊野神社の一種?って思いましたもん。 でもよく見たらちょっと名前が違うんですよね。 確かそんな名前だったと思います!」 僕がそういうと、 「じゃあ、最終日に行ってみる?」 と先輩が聞いた。 「じゃあ、僕、木村君や智君にも行きたいか聞いてみます」 僕は後の二人も誘おうと思った。 「いや、彼らは裕也達に任せて、 2人だけで行こうよ」 と先輩が言ったので、僕はびっくりした。 先輩は僕と二人で行きたかったみたいだ。 「え? 2人だけでですか?」 僕にすると、もちろん意義はない。 でも本当に良いのかな?という気持ちもあった。 「陽一君は僕と2人だけだと嫌?」 「そんな事、全然ありません!」 僕がそう言うと、先輩はにっこりと笑って、 「よかった。 裕也と要君には僕から話をつけておくから、 陽一君は後の二人に良いように伝えておいて」 と言った。 僕は多分木村君が協力してくれると思った。 智君にはまだ話せてないけど、 木村君は僕が矢野先輩を好きなことを知っている。 「分かりました」 そう一言だけ言うと、 僕達は沈黙の中で星を眺めた。 「ねえ陽一君、要君から聞いたことあると思うけど、 僕が初めて要君と一緒にここに来た時も、 こうして2人で芝生の上に寝転んで同じ様に星を見たんだよ」 先輩がそう言ったので僕は天を凝視した。 二人の間に色んな物語があったことは、 なんとなくかなちゃんがしてくれた昔話をつなぎ合わせて分かった。 僕は先輩とかなちゃんがここへ来たことは知っていたけど、 どんなことをしたのかはっきりと知っている訳ではない。 でも、何だか芝生に寝転んで、今みたいに満天の星を見ながら、 楽しそうに会話をする二人のその光景が見えるようで、 僕は少し胸が苦しくなった。 わかっている事なのに、 何故僕はそこに居なかったのだろうと 繰り返し、繰り返し思っている。 かなちゃんと先輩の過去を思うたびに僕は凄く切なくなる。 二人は今では全然違う形でお互いを思いやってるけど、 僕はその二人の、お父さんとは違った形での関係をいつも 心臓が潰されそうな思いで見ている。 きっとお父さんも僕と同じような そんな思いを抱いているのかもしれない。 でもかなちゃんは絶対的な愛情をお父さんには示している。 だからお父さんもその分はかなちゃんを信頼しているのだと思う。 でも僕は一生先輩とかなちゃんの思い出に押しつぶされながら 生きていくんだろうか? そう思うことも時折ある。 空を眺めると、この星達は僕の想いなどわからない様に 光り輝いていた。 僕が腕を伸ばして星を掴むような仕草をすると、 「この星ってさ、要君と一緒に見た時と全然変わってないんだよ。 今、同じような背景で陽一君とそれを見ているって何だか不思議……」 そう先輩がぽつりと言った。 そして、 「ねえ、あの時、僕と要君がした会話を知りたい?」 と僕に尋ねると、僕は 「まだ覚えているんですか?」 と尋ね返した。 すると先輩は、 「陽一君は頭のいい子だからもう知ってると思うけど、 僕はね、高校生の時、要君が好きだったんだ」 と言った。 僕はそのセリフに驚きはしなかったけど、 先輩の口から聞くのはやっぱりつらかった。 僕は小さくコクンと頷くだけだった。 そして先輩は大きく深呼吸すると、 また話し始めた。 「あの時の経験は僕にとって凄く特別で、 凄く大事な物なんだけど、 でも僕の心はなぜか一部分を あの時に残してきたような思いがずっとあって…… あの時からその心だけがここに残されて僕は 次の一歩が踏み出せないでいるような気がするんだ。 だから、今この場所で、同じように存在している陽一君に、 その上書きをして欲しい。 そうすると何だか一歩先に進めるような気がする」 先輩のそのセリフにどう言った意図が含まれているのか 分からなかったけど、 僕は先輩の痛みが取れるのであれば、 先輩の役に立ちたいと思った。 「本当に良いんですか? それって、先輩にとっては大切な事だったんですよね? 僕なんかで上書きをして、後悔しないんですか?」 僕がそう尋ねると、 「ねえ、陽一君の手を握っても良い?」 そう尋ねてきた。 僕は先輩にニコッと微笑むと、 「はい」 と言って右手を差し出した。 「これはね、陽一君だからできる事なんだ。 いや、むしろ、陽一君でないとできないんだ」 そう言って僕の手をぎゅっと握りしめた。  

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