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第53話 上色見熊野座神社

“プフフフ” 僕は思い出し笑いをしていた。 「何、何? 思い出し笑い~? 思い出し笑いする人ってスケベだって言うって知ってた~?」 先輩が車の運転をしながら楽しそうに聞いてきた。 今日はすこぶる機嫌が良さそうだ。 「先輩! ちゃんと前を見て! 危ないよ~ 僕まだ死にたくありませ~ん! それにティーンエージャーの男の子は皆スケベなんです! 先輩こそ早くも枯れないでくださいよ?」 そう言って僕はまたプフフフと笑った。 夕べ先輩にキスをした時はおかしかった。 先輩は今まで見たこともないような顔をして 「え~~~~!!!!!」 と狼狽えていた。 僕は “してやったり!” というような態度で、初めて見る先輩の間抜けな顔を笑った。 「ちょっと、ちょっと、陽一君! 今のどういう意味? 今のどういう意味? それと、なんか言ったよね? 何て言ったの? 何て言ったの?」 先輩は必死に聞いてきた。 でも先輩がいつもはぐらかすように、 「何でしたっけ? もう忘れちゃいましたね〜 ここはもう、ご想像にお任せします」 そう言って僕は笑った。 先輩はブツブツとその意味を探求していたけど、 「先輩、もう夜も更けて来たので中に戻りましょう」 そう言って僕たちはそれぞれに寝室へと戻った。 先輩は未だ物足りなそうにしていたけど、その夜はお開きとなった。 あの時は凄く緊張したけど、 勇気を出して本当に良かった。 小さい頃にたくさん先輩と唇を合わせたチュウをしたけど、 やっぱり意識の違いからか、 その延長という感じではなかった。 本当に小鳥がお互いについばむような感じだったけど、 僕が小さいころとは違うって感じてくれたかな? 僕が大人になるまで待っててとは言えないけど、 僕の気持ちがわずかでも先輩に伝わってくれていたら嬉しい。 僕たちはまだまだ、 沢山乗り越えていかなければいけない試練が山積みだけど、 その一歩を踏み出すことができて、 僕は一つ成長したように感じた。 先輩も、僕で先輩の苦い記憶が書き換えられていたらいいのに と思いその日の夜は眠りについた。 そして今日は最終日で僕たちは神社に向かって車を走らせていた。 車に取り付けたGPSがあと5分ほどで到着すると示している。 暫く走ってきたところで鳥居が見えた。 「あ、先輩、ここだよ!」 「ほんとだ~ 割と普通の入口だね。 気を付けて意識してないと簡単に見落としちゃうね。 このちょっと先にパーキングがあるみたいだから」 そう言って先輩はもう少し車を走らせた。 でもパーキングは直ぐ目と鼻の先だった。 車を停めて、 もう一度入口に戻ってきた。 「割と古い鳥居ですね」 そう言って鳥居の所まで少し階段を昇ったら狛犬たちが居た。 奥を見ると、ずっと続く細い参道があってその両サイドには、 同じようにずっと続く灯篭があり、 幻想の世界へと導いていっているようだった。 「先輩、早く、早く!」 先輩は上へ続く道をえっちら、おっちらと上っていた。 「は~ 陽一君、息が続かないよ~ この階段、どこまであるの~」 そう言って先輩が立ち止まった。 「ほら、先輩」 そう言って手を差し出すと、 先輩はにこりと笑って僕の手を取った。 周りを見渡すと、杉の木が囲んでいて、 息を精一杯吸うと、緑の匂いがした。 「うわ~ 凄い 木々が立ち並ぶ空間ですね…… 匂いまで違いますよ。 なんだか神様が住んでいそう……」 僕がそう言うと、汗ばんだ額をぬぐって 先輩が空を見上げた。 わずかに入り込んでくる光が、 風で揺らぐ木々の間からざわめいているように見えた。 フ~っと風が首筋を通ると、 背中がゾクゾクとした。 振り返ってみたけど、僕たちの背後には誰もいなかった。 僕は先輩の顔を覗き込んだ。 先輩は僕が先輩の顔を覗き込んでいることも気付かずに、 ずっと続く階段と、立ち並ぶ杉の木々を眺めていた。 僕たちの周りには参拝客はいなく、 その周りだけがとても静かで、 二人だけが異世界へ迷い込んだのではないかと思わせるような風景だった。 先輩が僕に気付いて僕を見下ろした途端、 感極まって涙があふれだした。 「陽一君?! どうしたの? 大丈夫? 何か気にさることでも?」 先輩がオロオロとして訪ねる中 僕は首を左右に振って、 「先ぱ~い」 と言って泣き出してしまった。 「おいで」 そう言って繋いだ手を引き寄せると、 先輩は僕を自分の胸の中に抱き寄せた。 僕は先輩の背中にしがみ付いて先輩の顔を見上げると、 「なんだか分からにけど、 この景色に感動しちゃって…… なんで自分も泣いてるのか分からなくて……」 そう言ってまた先輩の胸に顔をうずめた。 「確かに凄いよね。 僕も一瞬、いったい自分は今、 どこにいるのだろう?と思ったほどだからね…… 夕べネットで少し調べたんだけど、 ここはパワースポットでもあるらしいね。 上まで行ってみようか?」 先輩がそう言ったので、僕は頷いた。 「それにしても、ずっと続く石段だね~ 老体に堪えるよ」 先輩は冗談のように笑いながら僕の手を引いて、 景色を堪能したい僕の歩調に合わせてゆっくりと進んでくれた。 「あっ、あれ、本殿みたいですね?」 2つ目の鳥居があるところから、 少し上ったところに屋根のようなものが見えた。 「社っぽいよね。 一気に行こうか」 先輩に手を引かれ、そこまで登っていくと開けたところがあり、 その真ん中に社が建てられていた。 そう言って僕たちは一気にそこまで上り詰めた。 「先輩! お祈りしましょう! お祈り!」 そう言って僕は社に駆け寄った。 「先輩、5円、5円」 そう言って手を差し出すと、 「え~ たった5円でご利益あるかな?」 そう言って先輩は僕に100円を渡そうとした。 「先輩、ダメです! 僕は中学生だから5円でいいんです。 神様もそれはちゃんとご存じです!」 そう言って先輩からもらった5円を握りしめた。 “ご縁が欲しいんだから、5円だよ!” 僕はそう思いながら、5円をお賽銭箱に投げ入れた。 鈴を鳴らして手をたたくと、合掌した。 “神様、どうか、どうかお願いします。 僕の発情期が早く来ますように! そして先輩が僕の事を番と認識してくれますように! そして…… そして…… 沢山我儘は言わないので、 どうか、どうか、僕の発情期が来るまで 先輩が恋人を作りませんように!” そうお願いしてまた手をパンパンと叩いてお辞儀をした。 横をちらっと見ると、先輩はまだ何かをお祈りしていた。 お祈りをする先輩は敬虔で、 何をお祈りしているんだろうと気になった。 “先輩……思ったよりもまつげ長~い 鼻筋も通ってて結構男らしい顔してる~ この人が僕の好きな人なんだ……” そう思っていたら先輩が片目を空けて僕の方を見ると、 「どうしたの? 僕の事そんな熱い目で見て…… もしかして惚れちゃった?」 とからかったように言ったので、 「先輩、気付いてたんですか! 気付いてたんなら早く終わってくださいよ! 恥ずかしいじゃないですか~」 と言うと、 「いや~ 陽一君のうっとりしている顔が面白くってさ~」 と、どこまで本気なんだか分からない。 でも心地のいいやり取りだった。 この時間がいつまでも続けばいいと思った。 その後は奥にある穿戸岩へ行った。 健磐竜命の従者鬼八法師が蹴破ったといわれる大きな穴が 大岩に開いていて、 そこもまた、違った意味で神秘的だった。 穴から突き抜ける突風は少し肌寒いとも感じさせるような風だった。 「陽一君、こっちに来て」 先輩は僕の手を引いて岩場の陰に入ると、 「ここだったら風から身を守れるし、 向こう側の景色も見えるでしょ?」 そう言って土が少し小高くなったところに腰を下ろした。 「チョット疲れちゃったね」 先輩が汗を拭きながらそう言ったので、 僕はからかったようにして、 「先輩はもっと運動した方がいいですよ? 運動苦手な僕でさえも息切らさずに登れたのでね」 というと、 「陽一君は辛口だな〜 あと20年もすれば陽一君も同じ目にあうよ……」 そう言って先輩は静かになった。 汗ばんだ肌に気持ちいい風が吹いて、 先輩がフ〜吐息を吐いた。 「20年か……」 そうぽつりと言うと、 先輩は真剣な顔をして僕を見た。

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