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第55話 鍋パーティー
楽しかった夏もあっという間に終わって、
世間では紅葉の季節が始まっていた。
阿蘇に行ってから僕に対する矢野先輩の態度が少し変わった様な気がする。
どう変わったと聞かれると、
うまく言えないのだけれでも、
前よりも近くなった様な感じだ。
もしかしたら僕だけのひとりよがりかもしれないけど、
それでも僕に取ってはとても心地良かった。
そして、秋といえば食欲の秋!
僕は久しぶりに先輩に夕食を作ろうと
先輩の家のインターホンを鳴らした。
勿論約束はしていない。
でもかなちゃんから、
またお父さんがクライアントから貰った
果物を持って行ってと頼まれたので、
次いでに夕食も作ろうと思った。
先輩はすでに帰宅済みと、
早めにかなちゃんから情報をもらったから
まだ食べてないと思ったから。
インターホンを押してワクワクと外で待っていると、
「は〜い」
とインターホン越しに先輩の声がした。
「僕だよ!」
と言うと、先輩は
「うん、要君から陽一君が来るからって連絡もらったよ」
そう言って直ぐに玄関を開けてくれた。
「先輩、ご飯未だでしょう?」
そう言った時、玄関に並んだ数人の靴が見えた。
「あ、ごめん、お客さんだったんだね」
ガッカリして帰ろうと思った時、
家の中から、
「矢野さん、もしかして後輩の息子さん?
入って貰ったら?
材料も一杯あるし、彼も誘ったら?」
と声が聞こえて来た。
“この声は……”
以前先輩に野菜を届けた時に
鉢合わせした人だと直ぐにピンと来た。
“入って貰ったら?”
ちょっと厚かましくない?
先輩の奥さん気取り?
いや、もしかして僕が知らないだけで
2人は付き合ってるの?
ちょっと戸惑っていると、
「矢野さん、どうかした?」
と男性が中から出てきた。
僕があれ?っと思っていると、
「今日は仲間内を誘って鍋パーティーをするんだけど、君も来る?」
とその人は僕に声をかけた。
“あ…… 2人だけじゃないんだ……”
他の人もいて少しホッとした。
「陽一君も上がったら?
皆気の良い奴ばかりだから気兼ねしなくっても良いよ?」
先輩がそう言うので、
僕もちょっとあの時の女の人が気になったので
お邪魔することにした。
靴を脱いで上がると、
5人くらいの人が集まって雑談していた。
その中にもう1人女性がいた。
僕は集まった人たちを見て少しホッとした。
「お邪魔します。
佐々木陽一と言います」
そう言って挨拶をすると、
「あっ、あなたが佐々木君の息子さん!」
そう言ってキッチンで鍋の準備をしていた人が僕を指さした。
僕がびっくりして先輩を見上げると、
「ビックリしちゃった?
ごめん、ごめん!
私は村上莉緒。
佐々木君とは同じ会社で働いてるのよ。
私はマーケティングを担当してるの。
宜しくね!」
と自己紹介をしてくれて、
何とも元気な人だった。
「宜しくお願いします」
と挨拶をすると、
「あ、次は俺、俺!」
そう言ってリビングに座っていた男性が手を上げた。
「俺は高崎考。
セールスマンな。
カナッペの作品を売るのが俺の仕事なんだ!」
そう言って横に座っていた人を指差した。
その人は
「え? 次は僕ですか?」
とドキリとした様に僕を上目使いで見上げると、
「僕は久保田理樹です。
宜しく」
とオドオドとした様に自己紹介した。
”人見知りなのかな?“
と、おとなしそうな人を目の当たりにして、
初めて会う人たちの場に
尻込みしていた僕の心を少し軽くしてくれた。
「じゃあ次は俺な。
俺は西条達也。
俺は浩二の会社とは関係無いけど、
バーで知り合った飲み仲間かな?
ま、宜しく!
で、最後に詩織っぺな」
そう言って詩織さんを指さした。
「私は2度目ましてだよね〜
覚えてたかな?
原田詩織です。
矢野さんとは業界、趣味廻り、バー繋がりってとこかな?
良く色んな所に連れて行ってもらって、
矢野さんには凄くお世話になってま~す。
改めて宜しくね」
と、如何にもこの中で自分は特別だとでも言うように挨拶した。
そして彼女は我が物顔をして先輩のキッチンに立っていた。
きっとここに立つのは一度や二度だけでは無い事が、
スパイスの置き位置から皿の置き場所まで知っている事から伺えた。
冷蔵庫の中なんて躊躇せずにかき回している。
それと極め付けの、
「あれ?
チューブ生姜、未だあったと思ったけど、
切らしてたっけ?」
と言うセリフ。
僕は帰りたくなった。
でも先輩と彼女の関係を探りたいと言う好奇心も無きにしも非ずだ。
そこはグッと堪えて居座る事にした。
「先輩、ごめん。
先輩が皆さんと鍋パーティーやってるって知らなくって
夕飯の材料持って来たんだけど、
冷蔵庫のに入れてても良い?」
そう耳打ちすると、
何処から聞いてたのか詩織さんが、
「じゃあ、私がしまっておくから、
こっちにいいかな?」
と手を差し出したので、
僕は少しムッとした。
でもそんな僕に詩織さんは微笑むと、
「遠慮しなくっても良いのよ?
どうせキッチンに回るところだから、
次いでに持っていってあげる」
と、半ば強引に僕の手から買い物袋を取り上げた。
”彼女は僕が先輩を好きな事を疑ってるんだ“
そう直感した。
食事の準備がすみ食卓を囲むと、
彼女は他の人を蔑ろにしているわけでは無いけど、
矢野先輩の好物の野菜や魚介類をお更に取ってあげたりと、
甲斐甲斐しく世話をしていた。
それは他の人たちにも公認らしくて、
皆はニヤニヤとしてそんな二人のやり取りを眺めていた。
詩織さんは先輩の瞳を見つめては、
「どう、美味しい?」
と尋ね、先輩が
「うん、美味しいよ」
というと、いかにもと言う様に
「あ〜 良かった」
と嬉しそうに微笑んだ。
僕は2人のそんな風景を
2人が揃って並ぶ所から一番遠い対角から眺めていた。
”やっぱり帰れば良かった……“
そう思いながらご飯をモソモソと食べていると、
隣に座っていた高崎さんが僕に声をかけて来た。
「カナッペに息子さんいる事は聞いていたけど、
こんなに大きいとは知らなかったよ。
君何歳?」
「13歳ですけど……」
「へー最近の子は体格いいんだね。
俺、高校生くらいだと思ったよ。
でも君、カナッペにそっくりだって良く言われない?」
「はぁ~、よく言われますけど……」
「だよな?
しかし、あの顔がもう1人いたとはな〜
ほら、カナッペってさ、男の割には可愛いじゃん?
何だかこう、守ってあげたいって言うか……
君もそんな庇護欲を掻き立てられる様な顔してるよね。
どう? 学校では野郎どもにモテるでしょう?」
初対面でそう言う事を言われ、少しドン引きしてしまった。
「あの〜 高崎さんっておいくつなんですか?」
「俺? 俺は20」
「え? 20歳?
それでかなちゃんの事、
カナッペ呼ばわり?
かなちゃん幾つか知ってるんですか?」
「ハハハ、知ってるよ!
ね、ね、カナッペってさ、
君のお父さんと仲良いの?」
そう耳打ちして来た。
「それ、どう言う意味ですか?」
「いやさ〜、カナッペってさ、歳相応に見えないじゃん?
最初は俺位かな?って思っててさ、
まさか結婚してるなんて思わなかったし、
早く言うと、一目惚れ?
だから旦那さんと離婚の予定は〜なんてさ……」
の問いに、僕は益々呆れてしまった。
肝心の高崎さんはテレテレとしながらかなちゃんの事を話していたけど、
急に真面目な顔をして、
「でも君、マジでカナッペにそっくりだからさ〜
此処はお一つ俺と如何かな?って思っちゃたりなんかしちゃって……
ハハハ…… やっぱ無理? なんちゃって〜」
と冗談なのか、本気なのかわからない様な告白をされてしまった。
僕が答えに困って苦笑いしていると、高崎さんが急に顔色を変えて
「ハハハ〜」
と恐縮した様に移した目線の先を見ると、
鬼の様な形相をした矢野先輩が僕たち2人のやりとりを睨んでいた。
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