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第58話 僕の決心
その日は朝早くから雨が降っていた。
ホワイトクリスマス成らず、
雨のクリスマスだ。
本当だったら早くから待ち遠しいこの日も、
今年はちょっと感じが違った。
ベッドから滑り降りて床に足をつくと、
背筋までヒヤリとするほど冷え込んでいた。
窓に近寄りカーテンを開けると、
小ぶりではあるけど雪ではなく、
少しの期待はあったけど、やはりそれは雨だった。
時計を見ると、朝の5時30分を指していた。
部屋からリビングを覗いたけど、
まだ誰も起きていない……
と思ったら、かなちゃんとお父さんの寝室から
クスクスという微かな笑い声が聞こえてきた。
“そっか、今日はごちそうの用意があるから
早く起きるって言ってたな”
そう思いながら、両親の寝室のドアをノックした。
“コン・コン”
そうすると、
「誰? 陽ちゃん? あ~ちゃん?」
とかなちゃんの声がした。
「陽一だよ」
そう答えると、
「入っておいでよ」
とかなちゃんが寝室へと招き入れてくれた。
「どうしたの? 早く目が覚めたんだね~」
そう言うかなちゃんの横で、
お父さんはかなちゃんの腰に腕を回して、
膝の上に顔を埋めていた。
かなちゃんは愛おしそうにお父さんの髪をすくと、
「陽ちゃんもおいでよ」
そう言ってお父さんの寝転んでいる反対側の
布団をめくって招き入れてくれた。
「じゃあ、遠慮なくお邪魔しま~す」
そう言って布団に潜り込むと、
凄く暖かくてホッとした。
「陽ちゃん冷たい!」
そう言ってかなちゃんが僕をギュッとしてくれると、
お父さんが何時もの如くかなちゃんを自分の方へ引き寄せた。
“お~っと”
とバランスを崩してお父さんの方に倒れ込んだかなちゃんは、
「ちょっと先輩、子供の前で大人げない。
たまには陽ちゃんとのひと時も持たせてよ~
ほら、先輩も!
僕にばかりかまってないで、
普段忙しいんだから、
こんな時くらい息子との交流を持とうよ!」
そう言ってホッペをペチペチと叩いていた。
お父さんは片目を空けて僕を見ると、
「陽一も大好きだぞ?
でもやっぱり一番は要だから」
そう言ってかなちゃんにフニャフニャと甘えていた。
「陽ちゃんごめんね、
こんなお父さんで……」
「今更だよ~
お父さんがかなちゃん大好きなのは
今に始まった事じゃないしね。
もう慣れっこだよ!
僕にとってはお父さんとかなちゃんが
仲がいいのは嬉しい事だからね!」
僕がそう言うとお父さんはつかさず、
「要、聞いたか?
たまには陽一もいいこと言うな!」
そう言って大喜びしていた。
「まあ、こんな先輩は置いといて、
どうしたの?
こんなに朝早く……
普段は起こしても起きないのに~」
「ハハ、お前、あれだろ?
今日は浩二が来れないから寂しいんだろ?」
とお父さんに突っ込まれてしまった。
僕は畏まって二人を見ると、
「ねえ、二人ともさ、
99%の確率だとは思うけど、
僕が矢野先輩の事好きなこと、
知ってるよね?」
と、ついに聞いてしまった。
かなちゃんはお父さんの方を見やると、
ニヤリと不敵に笑った。
お父さんはがっくりとうなだれて、
“やっぱりそうか~
要が正しかったな。
残りの1%で間違いであってほしかったのに~”
とブツブツと言っていた。
どうやら二人して、
前から好きだ、そうじゃない、
絶対好きだ、気のせいだと言い合いをしていたらしい。
お父さんも否定したい気持ちはあったけど、
やっぱりそうなんじゃないかっていう思いは無きにしも非ずだったようだ。
いつでも、どんな時でも、
要が良い~、要が良い~って言ってるけど、
やっぱり自分の子供となると、
まだまだ自分の庇護の元に置いておきたいようだ。
僕がかなちゃんの方を見ると、
「陽ちゃん、あんなに早いころから先輩の匂いに気付くなんて、
普通だったらあり得ないよ?
もう運命の番以外にないでしょう?
だったら陽ちゃん、先輩の事、大好きじゃん」
と言って彼は微笑んだ。
「確かにいくらαと言っても、
先輩以外からは何の匂いも感じないしね、
小さい時は漠然と良い匂いって言う思いしかなかったけど、
段々歳が行くにつれて、これが番の匂いなんだって思う様になってきた。
でもね、それだからと言って僕の発情を促す事は無いんだ……
僕は精神的には凄く準備出来てるのに、体が未だなのかな〜」
「陽一、心配するな。
心と体の成長が一致した時にそれは自然とやって来るから。
急いで大人にならくても良いんだぞ?」
「でもお父さん、
先輩はもう良い歳した大人だから、
僕の発情期が訪れるのを静かに待ってくれるか凄く心配で……
それに先輩の周りには何故かいつも誰かの影があるんだよね。
今日も独り者友人との飲み会だって言ってたけど、
それって独り者同士がくっ付くって事もあり得るんだよね?」
「まあ、そう言われれば、絶対ノーとは言えないけど、
でも浩二だぞ?
あいつ、何かに付けては運命の番って言って恋人と別れてるからな。
だから今誰かの影があってもそれで良いんじゃないのか?
もしかしたら、それが陽一に繋がる為の必要なステップかもしれないし……」
お父さんがそう言うと、かなちゃんも続いて、
「そうだよ!
それに先輩だって陽ちゃんには特別な感情を持っていると思うよ?
先輩自信、自分で確信してるのか分からないけど、
先輩の陽ちゃんに対する態度って、
何だか先輩が僕に恋してた時の行動に似てるんだよね~」
かなちゃんがそう言うと、
お父さんがガバッと起き上がってかなちゃんを自分の懐に引き寄せた。
それを横目で見ていた僕は
“ヤキモチだな”
とすぐに分かった。
まあ、三人の間に何かあったことは分かってるけど、
かなちゃんが絡むと、
お父さんって本当に未だに先輩を敵視している。
「先輩、そんなにくっついたら苦しいよ!」
そう言ってかなちゃんが逃げようとすると、
「お前は俺の前で浩二の話するの禁止な?
俺が陽一と会話するから、
お前はただ黙って俺たちの会話をきいてろ!」
と独占欲丸出しだ。
僕はクスッと苦笑いすると、
「大丈夫だよ。
2人の前で矢野先輩の話はできないね。
お父さんもいい加減、行き過ぎたヤキモチは辞めないと、
かなちゃんに呆れられるよ?」
と言った。
お父さんはバツが悪そうにしていたけど、
すぐにかなちゃんにキスをすると、
“大好きだぞ”
とかなちゃんの耳元で囁いていた。
僕は慣れたその光景を見ながら、
「ご馳走様〜」
と言って2人の寝室を後にした。
そして次の日の早朝、
僕はやっぱり先輩に会いたくて、
プレゼントを後ろに隠し、
先輩が仕事に出る時間に合わせて部屋へと行った。
エレベーターを降りたところで、
先輩の声が聞こえてきたので心が弾んだけど、
それは一瞬のうちに崩れ去ってしまった。
先輩の部屋から嬉しそうに一緒に出て来た人がいた。
だから僕は咄嗟に曲がった所の壁の影に隠れた。
「昨夜は泊めてくれて有難う。
一緒に素敵な夜を過ごせてとても嬉しかったわ……
それに早速プレゼントも使ってくれて……」
そう言って先輩のネクタイに手をかけ、
曲がったネクタイを締め直してあげていた女性がいた。
「詩織さん……
夕べは先輩の家に泊ったんだ……
どうして……」
僕はドキドキとしながら2人が僕の側を通り越すのを待った。
2人は僕に気付かずに僕の前を通り去った。
2人が通り過ぎた後、後ろ姿を見送っていたけど、
彼等が僕に気付く事は無かった。
そこに立ち尽くした僕の頬からは、
涙が止めどもなく流れ、
こんなにも先輩の事が好きだったんだと再度気付かされた。
僕は袖で涙を拭いて、もう誰も居なくなった通りを見ると、
後ろに隠したプレゼントを手の平でクシャクシャに握り締め、
ある事を決心してその場を去った。
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