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第61話 進路希望調査

―――中学2年生春――― 「智君、智君」 僕は小声で智君を呼んだ。 今はHRの時間で、 ちょうど進路調査票を渡されたばかりだ。 「ん~?」 進路調査が面倒とでも言う様に、 智君は僕の方を肩越しに振り返った。 「智君の志望校って何処?」 そう尋ねると、 「セント・ローズ学園」 と買い物にでも行くかのように答えた。 「えっ? えっ? え~っっっ!!! それって超難関の私立高じゃない!」 僕が腰を抜かしたように驚いていると、 「それが何か?」 と涼しい顔をして言ったのにはさらに驚いた。 まさか智君がそこまで成績がいいとは思いもしなかった。 「陽一も来るか?」 「な……な……何ですとー! 智君、セント・ローズに入れるような頭脳だったの?! その上、僕が入れると思ってるの?!」 「今からでも十分巻き返せると思うぞ? 陽一も一緒に頑張ってみるか? とりあえず、進路指導の轟に資料をもらったんだけど、 1か月後に体験入学があるらしいから、 陽一も行ってみるか?」 「え? 体験入学って普通3年生が行かない?」 「3年しかダメって決まってないだろ? こういうことは決まったら早い方が良いしな。 俺、これから申し込みだけど、 陽一の分も申し込みしておこうか? 行くだけだったらバチは当たらないしな!」 と、智君は他人事のように僕を誘った。 セント・ローズ学園の創始者はイギリス人の教育学者で、 各国の主要都市に学園を持っている。 その偏差値は高く、基本的には 世界大学ランキングの5本指に入るような 大学へ行くことが出来るような教育をしている。 そして実際に多くの卒業生を 世界トップクラスの大学に数多く送り出している。 「この高校って英語は必須だよね? 確か英語のみのクラスもあるんだよね?」 「陽一、良く知ってるな。 さてはお前…… ひっそりとリサーチしていたんじゃないのか?」 「そんなことある訳無いじゃない! 誰だってセント・ローズの事は知ってるでしょう! 世界中の人がハーバード知ってるのと同じでしょう!」 「じゃあ、話は早いな。 おまえの分も申し込んでおくから、 来月の第2土曜日、忘れずに空けとけよ!」 そんな風に、あれよ、これよ、という間に、 智君は僕の分までも体験入学の申し込みをしてしまった。 おかげで当日の1週間前から緊張で眠れない日々が続いた。 そして当日。 智君はなんとも清々しい顔をして 僕の家のインターホンを鳴らした。 「陽ちゃん、智君来たよ!」 かなちゃんの呼び声で緊張が最高潮まで達した。 「ひ~ かなちゃん、 僕、本当に見学に行ってもいいのかな? 何だか場違いな気がするんだけど、 僕の成績でセント・ローズっておこがましい?」 「何言ってんだよ! 別に誰かに迷惑かけるわけでもなし、 今受験するわけでも無いから誰も 陽ちゃんの成績なんて知らないって! 自分は学校一の秀才だ~みたいな感じで デーンとしてればいいって!」 とかなちゃんは能天気だ。 僕は本当に緊張で吐きそうなのに、 何故皆ここまであっけらかんとしてられるのだろう。 僕は 「は~い、今行きま~す」 と気弱に返事すると、 そろりと玄関のドアを開けた。 「おはよう!」 なんとも清々しい顔で立っている智君が何だか恨めしい。 後光がさしてるようで、一瞬眩しいとさえ思ってしまった。 「陽一、お前、なによろめいてんだ? さっ、はりきって行くぞ~!」 と背中をバンバン叩かれ、僕はソロソロと足を踏み出した。 エレベーターで下まで降りているときに、 先輩の住んでいる5階まで来て止まった。 今日の学校訪問で緊張していた僕は、 乗り込んできた人にあまり注意を払っていなかった。 「あっ、矢野さん! おはようございます! 何ですか~? こんな朝早くからデートですか~?」 という智君の声で僕の全身がこわばった。 間違いない、この匂いは先輩だ…… 僕はチラッと上を向いた。 少しおしゃれをした先輩が 少し遠慮気味に僕の方を見てはにかんだ。 「君たちは土曜日なのに学校?」 「はいと言えばはいだけど、 いいえと言えばいいえかな?」 「何、何? なぞなぞ?」 先輩のその問いに僕は小さくプッと噴出した。 そして緩んだ顔をまたシュッと引き締めた。 智君はハハハと笑いながら、 「違いますよ~ 今日は高校の体験入学の日なんです!」 「え~ 君たち早いね。 まだ2年生だよね? もう進路決めてるの?」 「当たり前ですよ~ 今から始めないと遅いくらいですよ!」 「中2からって一体どんな凄い高校目指してるの?」 「凄くはないですけど、セント・ローズ学園です!」 智君がそう言ったの同時に先輩が目を丸くして、 「え? 陽一君もそこを目指してるの?」 と僕に振ってきた。 「僕がセント・ローズを目指したら変ですか?」 僕はつっけんどに尋ねた。 「いやさ、そう言う分けじゃないんだけど、 陽一君は両親と同じ高校へ行くのかな~って思ってたから ビックリしちゃって……」 そうこう話しているうちに、 エレベーターは一階に着いた。 僕は智君の手を取ると、 「じゃあ、僕たちは急がないといけないので!」 そう言って早足で歩きだした。 「陽一? どうしたんだ? お前の大好きな矢野さんだぞ? あんな風にあしらって大丈夫なのか? 喧嘩でもしたのか?」 「そんなんじゃないよ。 彼の事は気にしないで! さっ、僕の神経が落ち着いてる間に早く行こう! でないと、引き返してしまうかもだから!」 「お前、小さい時は度胸の塊だったのに、 何いきなりチキンになってるんだよ? ま、どうでもいいけどね」 セント・ローズ学園は電車を乗り継いで30分くらいの所にある。 「良く都心にこんな高校立てれたものだよね」 校門の門を見上げながら僕と智君は感心していた。 立派な門が、その学園の格調の高さを表していた。 「かなりいいとこのご子息、ご令嬢が多いらしいぞ?」 「そうみたいだね。 智君のところも外交官だから割と家柄は良いもんね。 家なんてしがない平民ですので!」 そう言うと、智君もどこで得た情報なのか、 「陽一の父親って格式高い家の出身だよな? 父方の祖父は法務大臣の佐々木康成だろ?」 と思ってもいない情報が出たのでびっくりした。 「良く知ってるね? 僕、お父さんの家族には一度もあったことが無いから、 あまりよく知らないんだけど、誰に聞いたの?」 「まあ、お前とつるんでると、 俺の親父の周りで色々とうわさがな…… ま、悪い噂じゃないぞ?」 「ハハ、そんな繕わなくってもいいよ。 家のお父さんが実家と縁を切ってるのは確かなんだし! 僕はお父さんの事を凄く尊敬してるから、 お父さんが決めたことだったら、僕はそれに従うよ!」 「ま、俺が言いたいのは、 陽一も十分この学院の生徒たちに見劣りしないDNAがあるってこったな!」 僕は智君の言い方がおかしくってクスクスと笑ってしまった。 「じゃあ行くか?」 智君の掛け声でドキドキしながら僕はその門をくぐった。 門から正面玄関に続く道沿いには歓迎のポスターが貼ってあり、 その先には受付の生徒たちが居た。 受付のテーブルの所まで行くと、 「第5中学の佐々木陽一です」 と伝えた途端、受付をしていた人が、 「あれ~? 君、大我君のお友達のお友達じゃない?」 と声をかけてきた。 ビックリしてその人をじっと見ると、 「あ~っ! そういうあなたはランウェイモデルの良太さん!」 と何とモデルがらみで知っている人だったのでビックリしてしまった。

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