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第60話 僕の歪な気持ち

*訂正とお詫び* 時系列の計算間違いがありました。 陽一が矢野先輩の元を離れて経過した時間は、 5年では無く、4年です。(訂正済み) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 4年前 詩織さんと先輩を目撃した後家へ帰ると、 もう両親は仕事に出た後だった。 あ〜ちゃんは夕べのパーティから祖父母のうちに泊まっている。 誰もいないのを確認すると、 トイレに駆け込んで思いっ切りトイレのドアを開けた。 鏡を覗き込むと、泣いたのがハッキリ分かるほど目が腫れていた。 顔を洗ってスッキリすると、 目に冷たいタオルを当てて少し目を閉じた。 “誰も居なくて良かった” そうポツリというと、 さっきの光景が走馬灯のように甦ってきた。 あれはどう言った意味だったんだろう? 詩織さんが先輩の家に泊まった事は間違い無さそうだ。 2人は付き合っているのだろうか? 先輩からそんな話が出た事は無い。 もしかしたら二人の関係は昨日から始まったのだろうか? 詩織さんが先輩の事を好きな事は明確だった。 ずっとアプローチ受けていたのだろうか? 色んな事をごちゃごちゃと考えているうちに、 携帯の呼び出し音が鳴った。 スクリーンを見るとかなちゃんだった。 「もしもし?」 「あっ、陽ちゃん良かった〜 実はね、USB忘れて来ちゃって〜 多分パソコンに付いたままになってるから持ってきてくれないかな?」 「今?」 「うん、今日午後一の会議で使うから出来れば今持って来て欲しいんだけど……」 「かなちゃんのアトリエに?」 「ううん、本社の矢野先輩のオフィス」 「えっ?!」 今日の今でもう矢野先輩? 今はまだ会いたくなかった。 どんな顔をして先輩に会えばいいのか分からなかった。 僕の脳裏には、詩織さんが楽しそうに 先輩の部屋から出てきたことが、 今でも鮮明に焼き付いている。 先輩を目の前にしてしまうと泣いてしまうかもしれない。 それにきっと顔に出てしまう。 “どうしよう……” 迷っていても始まらない。 かなちゃんはUSBを必要としている。 僕は覚悟を決めてオフィスに向かった。 足取りは重い。 電車を乗り継いでオフィスまでやってきた。 そびえたつビルを見ると、 僕は彼からは逃れられない運命なのかもしれないとさえ思う瞬間だった。 エレベーターで先輩のオフィスのある階まで行くと、 元気な声が飛び交ってきた。 「あっ、陽一君! クリスマスはどうだった?」 「よお! 学生は休みでいいな」 「久しぶりだね~ 背が伸びたんじゃない?」 「そうそう、お父さんに似てきたね~」 などと、見知った顔が声をかけてきた。 そして奥のドアが開くと、 「陽一君来たの?」 と聞きなれた声が聞こえて僕はゴクリと唾をのみ込んだ。 “やっぱり顔が見れない…… 早くこれをかなちゃんに渡してここを出ていかなきゃ” 僕は下を向いてドアの所に立っていた。 かなちゃんは直ぐにやって来てくれた。 「陽ちゃん、ありがとう~ 凄く助かったよ!」 かなちゃんが出てくると、 彼にUSBを渡して僕は颯爽と部屋を出て行った。 「ちょっと、陽ちゃん、もう帰るの? せっかく来たんだからお茶でも飲んでったら? 矢野先輩も陽ちゃんを待っててって……」 遠くから聞こえるかなちゃんの声を無視して僕は歩き続けた。 ちょっとあからさまだったけど、 やっぱり先輩には今は会いたくないし、 話したくない。 ビルから外に出ると、上を見あげた。 別にここから先輩が見えるわけじゃないけど、 誰もが普通にするような無意識の反応だった。 それから同じような場面が何度かあり、 これ以上先輩を無視すると変に思われるというところまできた。 ある日学校から帰ると、 仕事を早く切り上げたかなちゃんと先輩が家にいた。 僕は一直線に自分の寝室に向かうと、 カバンをベッドの上に投げやり、 サッと制服を着替えてまた家から出ようとした。 家にいると、先輩につかまってしまうから。 木村君の所を訪ねてみようと思った。 それでもしダメなら智君のサッカーの練習を見に行こうと思った。 玄関を開けた瞬間、 「陽一君、待って! ねえ、最近話してないと思うんだけど、 僕の気のせい? 僕の事避けてる? 僕何かした? それだったらはっきり言って!」 振り向くと、かなちゃんもびっくりしたように 僕と先輩のやり取りを見ていた。 僕は久しぶりに先輩の顔を見たような気がした。 先輩を見ると未だに泣きたくなる。 僕は目線を落として先輩につかまれた腕を見た。 先輩につかまれた腕が熱い。 泣きそうになる声を我慢しながら、 「先輩……腕……痛いから」 とやっとの思いで伝えた。 「あっ、ごめん」 先輩はそう言って掴んだ僕の腕を素早く離した。 僕は先輩につかまれて少し赤くなった腕を軽くなぞった。 「ねえ、お願いだから……」 ダメだ。 僕は先輩のお願いに弱い。 一瞬で決心を鈍らせてしまう。 「ごめん、本当に何でも無いから! ただ……今は少し忙しいだけで……」 何かを断るときの決まった弁解だ。 こんな言葉で矢野先輩を言いくるめられるとは思っていない。 でもほかに良い言い訳が見つからない。 「ちょっと、ちょっと、 二人の間に何かあったの? 何このムード?!」 かなちゃんまで乗り出してきた。 「本当に何でもないから! ごめん、木村君が待ってるんだ。 早くいかないと!」 そう言い残すと、 僕は走って先輩の元を去った。 僕は振り返らなかった。 でも先輩が戸惑いながら、ずっと僕を見ているのがわかる。 凄く後ろ髪引かれる思いだった。 本当は駆け寄って文句のひとつでも言ってやりたかった。 ビンタの一つでもかませてあげたかった。 思わせぶりの八方美人野郎となじってやりたかった。 それくらい先輩の家から朝帰りをする詩織さんを目撃したのはショックだった。 別に33歳の先輩に清廉潔白を期待していたわけでは無い。 でも僕のお腹の中からドス黒い物が込み上げて来た時には 自分自身を呪った。 まさか自分の中にこんな濁流にも似た思いがあったなんて、 その事自体が信じられなかった。 機会あるごとに運命の番に対して、先輩ににはあんなに豪語していたのに、 蓋を開けてみると、独占欲が強く、 こんなにも嫉妬深くてドス黒い自分が居た。 僕は僕のこんな感情が凄くおぞましかった。 先輩に好きだとさえ言えない僕は、 先輩には何を言う資格もない。 でも少し…… ほんの少しだけ、 僕の事に気付いてもくれなかった先輩を後悔させたかった。 こんなにも長く、 こんなにも近くにずっと探し続けた運命の番がいることに 気付かなかった先輩に後悔してほしかった。 だから先輩離れする決意をした。 離れた後で僕が運命の番だと分かった時の先輩の反応が知りたかった。 『ほらね、僕の言った通りだったでしょう?』 と胸を張って言いたかった。 本当は僕が運命の番なのに…… それを詩織さんなんかと…… 僕なんて小さい時からそばにいたのに、 あんなに、あんなに僕は運命の番をあきらめるな、 探し続けろって言ったのに、 余所見をしてしまった先輩には少し意地悪をしたかった。 僕は未だ少し赤みの残った腕を胸に当てると、 空を見上げて深呼吸した。

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