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第63話 ファーストフード店

ーーーー中学3年生ーーーー 「城之内先生〜! こっち、こっち!」 僕は塾に行き始めて、 急激に城之内先生と仲良くなった。 彼は年上で話し易いせいか、 矢野先輩と雰囲気が似ていると思った。 いや、矢野先輩に似ているせいで、 話し易いと言った方が正解かもしれない。 良太さんとは違って、 おっとりとした、年上男性といった感じだった。 笑顔が素敵で、カッコよく、 頭が凄くいいのに、ジョークもわかってくれて、 僕をとても尊重してくれた。 その為、前は躊躇していた個人レッスンも、 今ではお兄ちゃんに頼る様にお世話になっていた。 本当であれば、補修クラスに移った今となっては、 必要でなくなった個人レッスンでさえも、 僕が望めば、時間さえ空いていれば直ぐに飛んできてくれた。 それに城之内先生の学歴は確かなものだった。 僕は先輩から離れる決心をした時に、 ある一つの目標を立てた。 彼の学歴はその目標にとって、 申し分のないものだった。 だから城之内先生のそばにいると、 とても良い影響を受けたし、モチベーションになった。 そんな城之内先生の学歴は、 セントローズ学園を卒業した後ハーバードに進み、 教育学部を卒業した後日本へ戻り、 東京大学院の教育学研究科に入り、 教育研究者になったこと。 僕の目標は教育者ではないけど、 これからの学業の目標にはとても近いものがあった。 そしてこの学歴を聞くと、また職種は違うけど、 ある1人の人を思い起こさせる。 そう、お父さんの父親、僕から言うと父方の祖父だ。 面識はなかったけど、彼の学歴も、 城之内先生に負けず劣らずのものだった。 父方の祖父の事を考えると、 少しなりの励みになっていた。 “彼の血が流れている僕にもきっと出来るはずだ” 父方祖父のことは少しは聞いていた。 でも余り知らないし、 お父さんが良い顔をしないので突っ込んで話を聞かないけど、 本当言うと、僕は一度会って話がしてみたかった。 かなちゃんの話によると、 少なくとも彼らが高校生の時は、 Ωに対してかなりの偏見と嫌悪感を持っていたらしい。 自分の家系からΩが出たと成れば僕をどうするか分からないから、 父方には近寄るなと言われた。 だから、今彼等がどうしているのかも全然分からない。 今では政界も引退して隠居生活をしてるみたいだけど、 僕は一人息子のお父さんを失って、 少し寂しいのではないかと思う。 でも、今の僕にはどうする事も出来ない。 でも僕が大人になって、 胸を張って彼らの孫だといえるような自分になったら、 会いに行きたいと思う。 そんなこともあり、 城之内先生の学歴は僕にとっては力強い味方となっている。 また城之内先生は26歳の院生の時からこの塾では教えているらしいけど、 院を卒業した後正式に、 彼の母親の所有するこの塾に後継者として勤め始めたようだ。 僕は2年生の2学期には、城之内先生が計画してくれた様に、 補修クラスに編入していた。 その頃になると、学校でも学年で何時も上位5番以内に入るようになっていた。 両親も、僕の目覚ましい学業の成長には、 目を見開いて喜んでくれた。 あ~ちゃんでさえも、僕の成果を見て、 自分も行きたいと言い出すようになってしまった。 そして僕のこう言った変化は、 矢野先輩にも筒抜けになっていたのは予測する所だった。 今朝も出掛けに先輩に会ったけど、 何か言いたそうな先輩を後に残して、 挨拶をするだけに留まり僕はアパートを出た。 今日は日曜日で塾は自習室のみのオープンに留まっていたので、 僕と城之内先生は、参考書買いのために、 街中にあるファーストフード店で落ち合うことにしていた。 「先生はハンバーガー大丈夫?」 「勿論だよ。 アメリカにいる時はよく食べてたよ」 「へ〜 そうなんだ…… 何だか想像できないや〜 先生って優雅にワインにステーキ食べてそうなイメージ! サラダだってその辺の野菜をポリポリって感じじゃなく、 お洒落な盛り付けで、ふわっとしたのを食べてそう……」 彼は苦笑いしながら、 「そんなの陽一君のかい被りだよ」 と言っていたけど、やっぱり僕には ハンバーガーを食べる姿なんて想像できなかった。 おっとりとはしているが、 確かに長身で、弟がモデルと言うだけあって自身もシュッとして 貴族の様な気品と立ち振る舞いがある。 何処からどう見ても、 ファーストフード店でハンバーガーを素手て掴み、 かぶりつく様なタイプには見えない。 だからハンバーガーをどんな風に食べるのかも興味あった。 2人でチーズバーガーのセットを注文して席に着くと、 早速僕は先生に見入った。 「ちょっと~ 陽一く〜ん! そんなにジロジロ見たら食べられないよ〜」 と先生が真っ赤になって言うので、 そのギャップもレアで僕は凄く得をした様な気分になった。 本当に、ハンバーガーを食べるのでさえも、 ナイフとフォークが出て来そうな雰囲気なので、 男勝りに両手でガッと持って、 パクっと食べたのには、あっぱれと言う感じだった。 でもすぐに僕はプフフと笑う羽目になった。 「先生、口の端にケチャップついてるよ」 もうここまで来ると、 先生も貴族ではなく、一般市民と認めざるを得なかった。 「え? どこ?」 そう言う先生に、指先で自分の口の端をトントンとして示すと、 先生は僕の方を見て、 “ここ?” というような目配せをすると、 下を出してペロッと自分の口の端を舐めた。 「先生、それ、舐めてるって言うより、 自分の舌で更に押しやってますよ」 そう言いながらナプキンを渡すと、 今度は拭いたナプキンがケチャップを引きずりながら ほっぺに薄い線を引いた。 その動作が可愛らしくて、 「先生、子供みたいですね。 ほら、僕が拭いてあげます」 とカバンからウェットティッシュをーつ取り出すと、 頬に付いた、すでに乾いたケチャップの跡を拭いてあげた。 その時の先生の表情が可愛いというか、 年甲斐もないというか、すごく可愛くて、 いつも見ない表情に少しドキリとした。 その時ふと視線を感じて斜め前を見やると、 信じられない事に、 その目の先の席に矢野先輩と詩織さんがいるのが見えた。 そしてその感じた視線の先にいた張本人は、 もちろん矢野先輩だった。 彼は、少し動揺したようにして僕を見ていた。 僕が右手を上げて軽くあいさつすると、 「誰? 知ってる人?」 と先生も後ろを振り返った。 僕と一緒にいた人が先輩の知ってる人では無く、 ましてや学生では無く成人した大人だったので、 先輩は少しビックリした様にして先生に会釈をした。 先生も会釈を交わしてすぐに僕の方を見ると、 「向こうはデート中なのかな? 邪魔しちゃ悪いし、そろそろ行こうか?」 と言われたので、少し震える手をぎゅっと握りしめて、 「そうですね……」 と答えた後、先輩の方をちらっと見た。 少しドキドキと動悸がしたけど、 落ち着くのも早かった。 慣れっこになったというと変だけど、 自分の感情をコントロールする術を身に着けた。 その頃は、先輩が詩織さんといるところを見るのは、 もう両手では足りないほどの回数になっていた。 先輩は僕の事を気にしているのか、 ソワソワとして詩織さんと話していたけど、 一緒にいるところを目撃する回数によると、 恐らく真剣に付き合っているのだろう。 僕があそこで先輩と離れると決めてなくても、 きっとこれは起こっていた現象だろう。 最近はかなちゃんも余り先輩について言わなくなった。 僕としては先輩のプライベートを、 近くにいて垣間見る事にならなくて良かったとその時は思った。 でも後で、死ぬほど後悔するとは、この時は夢にも思わなかった。 “自分のしている事は正しい、 きっと後には先輩も気付くはずだ” と、ずっと信じていた。 “発情期さえ訪れれば……” その一言に尽きた。 僕は2人を背にしながら先生とファーストフード店を出た。 「あんなお洒落な大人な人でも、 デートにファーストフード店に来るんだね」 そう先生に言われ、初めて気付いた。 言われれば確かにそうだ。 相手が僕みたいな学生だったらファーストフード店も分かるけど、 相手はやはり、いい歳した女性の働く詩織さん。 それも、シャツにジーンズではなく、 ちゃんと着飾ってお洒落をし、 どこからどう見ても、ファーストフード店に来るような恰好じゃない。 “普通だったらカフェとか、ビストロとか、お洒落なところに行くよな? 何故ファーストフードだったんだろう? 詩織さんが大のファーストフード好きなのかな?” そこは凄く気になったけど、考えても埒があかないので、 そこはあまり考えない様にして僕たちはファーストフード店を後にした。

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