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第71話 怒り心頭
何なのあれ、何なのあれ、何なのあれ!
僕は早足で駅に向かった。
凄く悔しかった。
例えて言うと、涙さえ出てこないくらい悔しかった。
なんでそこまで僕が言われないといけないの?!
先輩の事取らないでって言いたいのは僕の方だよ!
僕の方が先に先輩に出会ったんだから!
僕の方が先に先輩の事、好きになったんだから!
僕だってこの思いを小さい時からずっと温めていたんだから!
やっと、やっと17歳になったんだから!
後少しで大人になるんだから!
詩織さんの方こそ僕から先輩を奪わないでよ!
僕としては悲鳴にも似たそう言う思いだった。
でも詩織さん……
先輩のプロポーズを待っているんだ……
二人ってもうそこまでの関係なの?
嫌だ…… 嫌だ…… 嫌だ!
「陽一君、お早う!」
城之内先生の声でハッと我に返った。
先生の方を向くと、
顔を見てホッとしたのか急に涙が出始めた。
それに驚いた城之内先生は
大人の器量で僕のことをサッと隠してくれた。
そこに運良く?智君もやって来た。
「あれ? 今ここに陽一居なかった?」
智君は僕がいたことに気付いていたようだった。
「僕ここだよ」
城之内先生の影からそっと顔を出すと、
智君は
「如何したんだ?」
とビックリしていた。
ちょうどそこに電車が入ってきたので僕たちは、
先ずは電車に乗ることにした。
幸いラッシュアワーの時間は済んでいたので、
3人揃って腰掛けることが出来た。
「で? 僕の可愛い生徒をいじめたのは誰なのかな?」
先ず城之内先生がそう言って声をかけた。
僕は恥ずかしくて何も言えなかった。
「言いたくなかったら、言わなくてもいいんだよ?」
やっぱり城之内先生は大人の対応で僕を慰めてくれようとしたけど、
智君が直ぐ様、
「もしかして矢野さん絡みか?」
と聞いてきた。
僕が下を向くと、
「やっぱりか」
と智君がため息をついた。
「矢野さんって?」
と尋ねる城之内先生に、
「僕が説明します」
そう言って、智君が話そうとしたのを遮った。
「僕ですね、好きな人がいるんですけど、あ、これが矢野さんですね。
彼に恋人ができたんです。
まあ、昨日今日出来た訳ではないんですけど……
彼に恋人がいる事はもうずっと前から知ってたんですけど、
今朝偶然にその恋人に会って、
彼の事取らないでねって急に言われて、
何故そんな事を言われなければいけないのか、
凄く自分自身が理不尽で……」
「そっか、陽一君の好きな人って男性なんだね」
そう言われ、先生を見上げた。
「あ、違うよ、別に偏見を持って言ってるんじゃないんだよ。
ただ陽一君の恋愛対象が
男性も含まれるって言うのが嬉しかったから……」
そのセリフに智君がじっと城之内先生を見つめた。
「いや、誤解しないでね。
今は、陽一君にどうこうしようって訳じゃないから、
僕だって犯罪者になりたくは無いからね」
と言う城之内先生に、智君は
「今はって言う事は、
後には有りって事ですか?」
と堂々と尋ねていた。
「いや、僕のことは如何でも良いから、
陽一君、陽一君。
陽一君の事をホラ、ね?」
そう言って僕の方を見た先生の顔はほんのりと赤くなっていた。
「それで陽一君は好きな人って言ってたけど、彼には告白はしたの?」
僕はその質問に首を横に振った。
「彼は陽一君が好きな事知らないんでしょう?
だったら告白したほうが……」
「僕が告白しても本気にとってもらえません……」
「どうして?
彼は陽一君が冗談を言う子だと思ってるの?」
「違うんです……
そうじゃ無くて……」
僕が言い淀んでいた時、
「矢野さんは陽一の両親の幼馴染兼学校の先輩なんだ」
と智君がバラしてしまった。
「え? 矢野さんって何歳なの?」
城之内先生はビックリしたように尋ねた。
「陽一の父親と一緒で今確か37歳だよな?」
又々智君が答えた。
「37歳?! 陽一君のご両親も若いけど、
20歳差か〜 それだったら言い難いよね。
そっか、ご両親の親友なのか……
ちょっと複雑だね」
そう言って城之内先生は僕の頭をポンポン叩いてくれた。
「良いんです。
話を聞いて貰えただけでも凄く気持ちが楽になりました」
「え? でも何も問題は解決して無いんだよ?」
「今はいいんです」
「今はって?」
「僕、まだ発情期がないんです。
だからまだ精神的に準備できてないかもしれないから……
発情期来たら告白しようかなっては思ってたんです!」
「ハハハ…… 発情期……
そっか、陽一君、Ωだったんだ」
「え〜 先生、それって差別発言ですか?」
智君が束さず尋ねた。
「違う、違う、誤解させたんだったらごめん。
Ωって簡単にお目にかかれないじゃない?
芸能人に会うみたいに何だかドキドキするね」
城之内先生にそう言われ、僕と智君は
「え〜っ!」
っと同時に言っていた。
「先生、僕の周りはΩばっかですよ?
お母さんもΩだし、お祖母ちゃんもΩだし、
友達もΩだし、親戚の奥さんもΩだよ。
それも、皆んな男性Ωですよ?」
「そうなの? 凄いね!
多分、Ωって僕の周りにもいたんだろうけど、
気にした事無かったからな〜
凄いね、本当に男性でも子供産めるんだね」
「ハハハ、それってよく言われます。
皆んなビックリするんですけど、
そんなにビックリする事ですかね?」
「そりゃそうだよ。
少なくとも、僕の周りにはいないよ?
それに男性だよ? 女性とは体の作りが違うんだよ?」
「でもそれが僕たちΩなんです」
「そっか〜、そっか〜」
と城之内先生は感動していたけど、
その頃はもうすっかり詩織さんとの出来事も忘れて、
僕はこの合宿への旅を楽しんでいた。
その後も、男性Ωの出産で盛り上がった。
暫くすると、電車も軽井沢へと到着し、
合宿場へ到着するころには、僕の調子はいつも通りに戻っていて、
本当に城之内先生と智君には感謝だった。
そんな合宿も順調に進み、
あと少しで終わろうというときに、
不意にラインの着信音が鳴った。
『先輩、夏休み前にした約束、
ちゃんと覚えていますか?』
ラインの送信者は佐々木君だった。
もう夏休みも半ばまで来たところで、
ちょうどお盆が来る前の週だ。
『もしかしてそれって一緒に遊ぼうって言ってたこと?』
『覚えていたのなら話は早いですね。
先輩、今どこにいるんですか?』
『塾の強化合宿で軽井沢に来てるんだけど……』
『それって、いつ終わるんですか?』
『後2日……
今週の土曜日だよ』
『東京に戻るのは何時ですか?』
『え? それってその日に会おうと思ってるの?
それはちょっと無理だと思うけど……』
『その日に先輩を連れていきたいところがあるんだ』
『ほかの日ではダメなの?』
『その日でないとダメ』
『分かった。 じゃあ、両親に連絡してスケジュールを調整しておく。
お昼くらいには電車着くと思うから……』
『先輩、ありがとう。
じゃあ、お昼に東京駅で待ってる。
着いたらラインしてね』
そうやってついにやってきた土曜日。
僕はその日は朝から少し緊張していた。
“一体どこに連れていかれるのか……”
待ち合わせをした場所で待っていると、
数分遅れて佐々木君がやってきた。
「先輩! 遅れてすみません!」
「いや、僕の方が早く着いたから、
佐々木君はちゃんと時間通りだよ」
かれは額にかかる汗を腕で拭うと、
僕の手を取って、
「先輩こっちです」
そう言ってタクシー乗り場までやってきた。
「タクシーで行くの?
ちょっともったいなくない?
バスや電車ではいけないの?」
「こっちが良いんです!
さ、先輩、早く乗って、乗って!」
そう言いてタクシーに押し込められると、
佐々木君は運転手に行き先を伝えた。
タクシーは暫く走ると、
大きな家が立ち並ぶ区域へ行き、
一つの立派な門構えのあるうちの前で止まった。
荷物を忘れないようにと、えっちら、おっちら
タクシーから降りて家の前に立つと、
そこにはそびえるような塀と、
お城へ続くような門が建っていた。
その門には、立派な表札が掲げてあり、
表札には
“佐々木”
と書いてあった。
「ここは……?」
ちょっと委縮して尋ねると、
「ジャ~ン!
僕の家に先輩をご招待!」
と来たので、僕はその立派な門構えに腰を抜かしそうなほどに、
「え~っっっ!」
と叫んでしまった。
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