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第93話 城之内先生とのお出かけ

12月23日某年。 先輩の結婚式前日。 そして僕が城之内先生に、 合格祝いにと、食事兼振替イブのデート?に誘われた日。 その日の早朝、僕は子供達の笑い声で目が覚めた。 “あれ?” 未だ覚醒途中にある脳に確かに笑い声がこだましている。 近所の子供達?と思ったけど、 窓の外は未だ薄暗い。 それに今は冬。 窓だって閉まっている…… 外からの音が入ってくるはずもない。 天井を見て耳を澄ましもう一度声に聞き入ると、 やっぱり子供たちの遊ぶような声が聞こえる。 “おかしいな? 何処から入ってくる声だろう? 夏休みでもあるまいし、 こんな朝早くから何をやってるんだろう?” そんなことを考えながらボーッと窓の所を見ていると、 視界で何かが動いた。 “まさか、幽霊? それとも泥棒?” ギョッとしてそっちを見てみると、 先輩にもらった絵から光が放たれ、 その中の子供達が一斉に僕に向かって笑いながら手を振って居た。 僕は飛び上がって一瞬腰が引けた。 ドギマギとして絵を凝視していると、 一番手前の女の子が興奮した様にして僕に語りかけてきた。 “えっ? もしかして、僕に話しかけてる? えぇぇぇ~? 彼女って絵の中の子だよね?“ 彼女は一生懸命何かを僕に言っているけど 何を言ってるのかちっとも聞こえない。 「え? 何? 聞こえないよ?」 僕がそう言っても彼女はニコニコとして僕に語りかけ続けている。 「ちょっと、ねえ、君! 本当に聞こえないんだ!」 僕がそう叫ぶと、 彼女はもう一度ニコリと笑って僕に背を向けた。 「ちょっ…… 待ってよ! ねえ! 行っちゃうの? 僕に用があるんじゃないの?!」 彼女は先輩が運命の番という人の所まで行くと、 その人の手を取って、もう一度僕に手を振った。 そしてにこりと笑うと、 その人と一緒にそばにいた子達も引き連れて、 どこかへ行ってしまった。 「ねえ! 先輩の運命の番さん! 待って! あなたは誰なの?! もしかして詩織さん?! この子達まで僕から奪って行くの?! ねえ! 教えて! 教えて!」 そう叫んで目が覚めた。 「あれ? あれ?」 部屋の中を見回すと、 窓から日が入り、既に外は明るくなった後だった。 絵を見ると、何の事は無い何時もの絵で、 その時初めて夢を見ていた事に気付いた。 “何だ…… 夢か…… でも凄くリアルだったな…… 明日先輩が結婚するのが嬉しいのかな?” その時僕の頬をツーっと水滴が伝った。 手で頬をぬぐうと、それは僕の涙だった。 彼女の笑顔が脳裏に焼き付いて、 苦しくて、苦しくてたまらなかった。 彼女が愛おしくて、愛おしくてたまらなかった。 僕は布団の上で建てた膝に顔を埋めると、 声を殺して泣いた。 “ねえ、行かないでよ…… 僕を置いて行かないでよ…… 先輩は明日僕を置いて行ってしまうんだ。 お願いだから君は僕を置いて行かないでよ……” 後から、後から涙があふれ、 僕はどうしても涙を止めることが出来なかった。 明日のイブには先輩の結婚式が予定されている。 このころには既に、僕はどうしても外せない用があるからと出席を断っていた。 ドタキャンよりは、誠意があると思ったから。 僕の返事は先輩にとっては青天の霹靂だったかも知れない。 でもまだ笑って2人の事を見る余裕の無かった僕は とてもその場に平静でいられる自信がなかった。 今日は城之内先生と約束の日。 少しは気を紛らわす手助けになってくれるだろう。 僕はベッドから飛び降りると、 何時もの挨拶をしに先輩の絵の所へ行った。 「おはよう……」 そう言って彼女の頬を撫でた。 「僕の夢に来てくれたのは君だよね? 君の名前はなんていうの?」 初めてそう呼び掛けてみた。 もちろん絵から返事が返ってくるわけではない。 でもその時僕の頭の中に、 “い・ち・か” という言葉が響き渡った。 僕は又周りを見回した。 ”僕……まだ夢見てる?“ そう思ってお決まりのほっぺをつねってみた。 ”痛っ…… 夢じゃないや……“ 「ねえ、君の名前はいちかちゃん? いちかちゃんっていうの?」 僕の心臓が爆発するように脈打っている。 外を見下ろして、もう一度部屋の中を見回したけど、 何の声も聞こえなければ、音でさえ聞こえない。 “夢じゃ無ければ単なる気のせい? でも……あんなにはっきりと……” そう思ってもう一度訪ねた。 「ねえ、いちかちゃんってどんな字書くの?」 そう尋ねると、頭の中に “一花”という文字が浮かび上がった。 「そうなんだ…… 一つの花って書くんだね。 一花ちゃんにぴったりの名前だね。 だからお花が好きなのかな。 僕は陽一…… 実際に会えるかは分からないけど、 よろしくね」 そう言って僕は彼女の頬にキスをした。 “もしかして僕は気が狂ってしまったんだろうか? それとも寂しい僕の心が作りだした幻影なんだろうか? でも、そんな事はどうでもいいや…… 彼女は僕に語りかけてくれた…… 名前だって教えてくれたし…… きっと僕は大丈夫!” 少なくとも彼女の存在は僕の不安定な心を満たしてくれた。 先生との約束の時間はお昼の3時。 それまではまだ時間がたっぷりある。 だから城之内先生のクリスマスプレゼントを買うために、 早めに家を出た。 エレベーターの中でプレゼントは何にしようかと考えていると、 先輩の住んでいる階から先輩がエレベーターに乗り込んできた。 「ああ、陽一君、今日はいたんだね……」 先輩は一人だった。 「珍しいですね、今日は一人ですか?」 別にそんなことが聞きたいんじゃない。 でも口から出た言葉は僕の心を無視して暴れまくった。 「今日は明日の最終打ち合わせでね…… 詩織は先に行ってるんだよ」 「そうだったんですね。 いよいよ明日ですね。 僕、行けませんけど、どうぞお幸せに!」 「陽一君が来れなくて残念だよ……」 「仕方ないですよ! イブですよ? そんな日に行けるって言ったら 親、子供、結婚している人か…… 恋人居ない人たちですね……」 「じゃあ、陽一君は恋人がいるって事なのかな?」 「そこはご想像にお任せします!」 「もしかして城之内君? 今日も彼と会うからそんなにめかしこんでるの?」 先輩のその問いに、僕は自分の恰好を見下ろした。 「どうですか? 似合ってますか? 今日のために新しく買ったんですよ!」 「とても似合ってるよ…… でも……彼とは付き合ってないんだよね?」 「今はですね…… でも、今日、イブと一緒にいるんですよ? 何がどう変わるかわかりませんよ?」 すると先輩は顔を歪めた。 「まあ、僕も18歳ですし、何時迄もシングルってわけにはいきませんしね! これから城之内先生とは食事なんですが、 今夜は戻ってこないかもしれませんね~」 “なんて、どの口が言ってるんだ! 誰か僕を止めてくれ~” 思いはそんな感じだった。 もう、当てつけのように、僕はあることないことを先輩に吹かしつけた。 そんな僕のほら吹き話を真剣に聞いてくれた先輩にいたたまれなくなり、 「じゃあ、僕はこっちだから!」 そう言って先輩の進行方向とは反対方向へ向けて走り出した。 その後の事はほとんどよく覚えていない。 気が付くと、僕はプレゼントを買い、 ちゃんと城之内先生との待ち合わせの場所に来ていた。 でも心ここにあらずだった。 「陽一君! お待たせ」 そう言って先生が待ち合わせ場所にやってきた。 それからレストランへ行ったけど、 何処をどう通ってそこへ行ったのかも定かではない。 レストランではコース料理を予約していてくれたけど、 それも上の空で何が出たのかさえも覚えていない。 きっと料理はおいしかったはずなのに、 僕は今朝の夢の一花ちゃんと、 先輩に対して取った態度が忘れられず、 その事ばかりを考えていた。 「どうしたの陽一くん? 口に合わなかったかな?」 先生が心配しながら僕の顔を覗き込んできた。 「いえ…… そんなことは無いですよ…… 凄くおいしいです!」 そう言っても、先生にはきっとわかっている。 「明日の事が気になるんだよね……」 僕は先生を見上げて、 「ごめんなさい……」 と一言謝った。 「大丈夫だよ。 ちゃんと分かってるから…… あのさ、陽一君もあと少しで卒業だし、 アメリカにも行ってしまうし…… ねえ、僕もね、向こうの大学院からお誘いが来てるんだよ。 研究室に来ないかって…… ずっと迷っていたんだけど…… もし陽一君さえよければ、僕と一緒にアメリカへ行って、 一緒に住まない? そして行く行くは……」 と来たので、僕は慌てて、 「先生、それ以上は言わないで!」 と言ってしまった。 賢い彼はきっと悟ったんだろう。 僕が彼にその先を言って欲しく無かった事を…… でも城之内先生の事は凄く慕っている。 恋とか、愛とか、そう言うものは除けても、 彼の事は大好きだ。 そんな僕の気持ちも彼はきっと知っている。 「心配しなくても大丈夫だよ。 陽一君の事を困らせるような事はしないから…… でも、そう言う選択もあると言う事も覚えておいて欲しいんだ」 先生がそう言うと、僕は涙を堪えて小さく頷いた。 「じゃあ、もう出ようか?」 先生が帰る準備を始めたので、 「先生これ…… これまでの感謝の気持ちと、 形は違ってしまったけど、僕の先生への愛です」 そう言ってプレゼントを渡した。 「ありがとう…… 凄く嬉しいよ。 勿体無いから家に帰ってから開けても良いかな?」 そう言うと、先生は僕のプレゼントを、 大事にカバンの中にしまい込んだ。 先生の思いが何だか凄く切なかった。 でも僕には先輩以外の人を受け入れる気持ちはない。 先生の事は本当に大好きだけど、 お兄ちゃんと言う気持ち以外は感じることができなかった。 レストランから出ると、 日はもうすでに暮れて、雪が降り始めていた。 「凄い、天気予報では夕方から雪になるっては言ってたけど、 ここまで降ってるとは…… 明日はホワイトクリスマスイブになるかもね…… そこ、滑らない様に気をつけてね」 先生がそう言ったので、僕は立ち止まって空を仰いで先生を見た。 先生は持って来ていた折り畳みの傘を開くと、 「じゃあ、今日だけでも相合傘で……」 そう言って傘を開いた途端、 「陽一君!」 という僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。 “この声は……” 僕はきっと大勢のがやがやという雑音の中に居ても、 この声だけは聴き分けられる…… 声のする方を見ると、 傘もささずに雪に濡れ、人ごみの中に立ちつくす先輩がそこに居た。 きっと暫くそこに居たのだろう、 先輩の髪からは溶けた雪が水になって滴っていた。 「何でここに……」 僕は何時もとは様子が違う先輩にどう反応すれば良いのかか分からず、 思わず城之内先生の腕を掴んだ。

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