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第96話 先輩の言い分

「先輩、一体何があったのか、 1〜10まで聞かせくれますよね?」 そこには仁王立ちになったかなちゃんと お父さんが先輩を見下ろしていた。 先輩も2人には頭が上がらないらしく、 「それはもう、ごもっともで……」 と言って土下座をしている。 横ではあ〜ちゃんが爪を研ぎながら、 フ〜っと矢野先輩に吹き付けて、 「矢野さんもやるわね。 見直したわよ!」 と、あなた何様?の様な風勢で座っていた。 「それで、一体何があったんだ? 全く俺たちの許可も得ず大切な息子に傷をつけやがって……」 お父さんのそのセリフに、 ヤジで来ていたお祖父ちゃんが、 「オッホン」 と咳払いをしたかと思うと、 お父さんが 「あ〜 傷をつけやがって……と思ったけど…… まあ、いっかな〜と言う広い心を持とうかな〜 なんてな〜」 と訳の分からない事を言い出したので、 “はは〜ん お父さんも同じ穴のムジナか……” とすぐに僕には分かった。 一緒に正座した僕をチラッと先輩は横目で見ると、 デレ〜っとした様に僕を見て、全く役に立たない。 でも先輩の目には青あざができるほど 詩織さんにやられた痕があった。 これは詩織さんにやられたと言うよりは、 詩織さんの父親と兄にやられたのだ。 あのイブ前夜の出来事の後目覚めた先輩は、 予定通りに式場に向かった。 式場では先輩の到着を今か、今かと待っていた詩織さんに、 先輩から僅かに漂っていたアルファのフェロモンで 何があったのか気付かれた様だ。 式場はかなりの修羅場になったらしい。 先輩も、話をする時は、角を立てずに柔らかく オブラートに包んでふんわりと話せば良いものを、 後先考えずにストレートに物を言い過ぎる。 結局は詩織さんに愛は感じ無かったことをストレートで告白し、 僕への積もりに積もった想いも全て告白した様だ。 そこに居合わせた彼女の兄達にボコボコにされた先輩は、 「詩織にこれだけ恥をかかせるんだ。 式は予定通り行いお前はそのボコられた顔で皆様に挨拶をしろ。 もちろんこの費用はすべてお前持ちだからな!」 と式場に引っ張って行かれたらしい。 幸い、鼻の骨を折るとか、そう言うのは無かったらしいけど、 口の中は切れたらしく、 口から滴る血はホラーその物だったらしい。 誰が見てもボコられたその顔は、 新郎・新婦入場で式場を騒つかせたのは言うまでもない。 先輩は即座に入れられた花婿挨拶で自分の所業を赤裸々に告白させられ、 全ての罪?と恥は先輩1人で背負うことになった。 本当だったら恐喝罪にも匹敵する様な所業でも、 先輩は重んじで受け入れ、 天晴にも最後には全てを丸く収めた。 そう言うところはさすがは先輩というしかない。 でも先輩から 『式は予定通り行う』 と連絡が来た時は生きた心地がしなかったけど、 先輩が 『僕を信じて待っていて。 必ず陽一君の所に戻るから』 と言うセリフを信じで待った結果、 今ここで僕の両親に土下座する先輩が出来上がったと言うわけだ。 「で? 詩織さんはそれで納得したのか?」 そう尋ねるお父さんに、 「ここまで来ると納得しざるを得ないんじゃないの? でも、詩織さんって本当に当日まで先輩の気持ちに気付かなかったの?」 とかなちゃんが尋ねた。 先輩の説明によると、 詩織さんが言うには、 先輩と付き合い始めて直ぐに先輩には想い人がいる事に気付いたらしい。 最初はそれが誰なのか分からなかったらしいけど、 パズルのピースを繋げる様に、 僕の名前が浮上した様だ。 それからは僕を先輩から引き離す様に色々と画策したけど、 僕が一向に先輩から離れないのでヤキモキしていたらしい。 結婚まで漕ぎ着けた時は、 勝ったと思ったらしいけど、 それでも先輩は詩織さんに心を許さなかった様だ。 詩織さんは遅くに出来た一人娘らしく、 兄達と父親はそんな詩織さんをメタメタに甘やかして育てた様だ。 僕が見た感じでは普通の人だったけど、 詩織さんは束縛体質で、ヤキモチが酷かったらしい。 先輩も最初はそんな詩織さんが可愛くて愛せると思ったらしいけど、 段々と彼女が重くなり、 やはり自分を誤魔化す事はできなかった様だ。 そこでお父さんが度肝を抜かれる様な質問を先輩に投げかけた。 「お前さ、最後の方は同棲してたじゃ無いか? その…… 詩織さんがお前の子を孕ってる可能性って無いのか? 後で妊娠が分かって認知だ、 養育費だってなると厄介だぞ?」 その質問に、僕は僅かながら反応した。 同じ思いが僕の頭にも過ったからだ。 「詩織とはやってない」 それが先輩の答えだった。 その答えに、 僕は一瞬自分の耳を疑った。 “え? 僕の聞き間違い?” そうぼそっと言うと、先輩は僕の方に向きを変えて、 「詩織とは出来なかったんだ。 いや、ここまで言うと変態っぽくなってしまうかも知れないけど、 僕は昨夜陽一君と繋がるまで誰ともやった事はないんだ」 と言う大仰天な告白に、 「え〜〜っ」 と、僕ら一同は腰を抜かす勢いだった。 「おい、おい、 お前のそこ、腐って落ちてるんじゃ無いのか? 本当に使えるのか〜?」 とお父さんは奇妙な物を見る様な目で先輩を見たけど、 先輩はキッパリと、 「大丈夫。ちゃんと陽一君に使えたから」 と真顔で答えられた時はこれほど 穴があったら入りたいと思った事は無かった。 でもそれをニコニコとして嬉しそうに聞いていた人が約1名。 「良いじゃ無い、良いじゃ無い、 矢野君がそこまで要ちゃんに惚れてたって思えば、 変態さんでも何でも僕は許しちゃうな〜」 とお祖父ちゃんは本当に先輩が大好きだ。 きっと僕と先輩が上手くまとまって一番喜んでるのは彼かも知れない。 ことの状況を伝えたときには、 お祖母ちゃんが止めるのも構わずに 事の一番で彼は此処に飛んできた。 そして僕たちが並んで座っているのを目の当たりにしたときは、 まるで娘を嫁に出すかの如くオイオイと見苦しいほどに泣いた。 まあ、そんなお祖父ちゃんの事は横に置いといて 詩織さんと先輩の話に戻すと、 それはまたまたびっくり仰天な展開になってきた。 詩織さんと同棲を始めた後の話によると、 先輩は詩織さんに結局は発情出来なかったと言う事だった。 彼女は自分の発情期に乗っ取って 先輩を何度も誘惑したらしかったけど、 先輩は抑制剤を飲んでやり過ごしたらしかった。 やはりΩの発情には少なからずと当てられるようだ。 でも、抑制剤でその興奮も綺麗に収まったと先輩は言っていた。 「じゃあ、詩織さんにはどう言い訳してたの?」 と僕が訪ねると、 「正直に、新婚初夜まではしないと伝えていた」 と先輩が言ったので、あの日ショッピングで聞いた 詩織さんの言葉がやっとここで繋がった。 詩織さんも詩織さんだけど、先輩も先輩だった。 2人は最初から噛み合っていなかったのだ。 「じゃあどうして最初から僕にアプローチして来なかったの? そっちの方が解決が早くない?」 僕は半分イラついたようにして訪ねた。 「陽一君は僕にとって完璧でパーフェクトだけど、 僕はそうじゃないから……」 先輩のそのセリフに、 「はい? 今何と言いました? 僕がパーフェクト? そんな訳ないじゃない!」 僕は先輩の見解にびっくりした。 まさか先輩が僕の事をそんな風に思っていたなんて…… 「ほらさ、僕には陽一君の欠点は見えないけど、 陽一君は僕の嫌なとこ、いっぱい見えてくると思うよ? そうしたら喧嘩や口論にもなるだろうし、 そうなったら終わるのが怖い!」 「先輩さ~ 何で始まってもいないのに、終わりを考えちゃうの?」 「陽一君! 僕の歳知ってる?! この年になってティーンの君に入れあげて別れを告げられたらと思うと怖いよ。 僕、浮上してくる体力や気力も残ってないよ?」 「じゃあ、何で詩織さんと結婚しようだなんて思ったの?!」 先輩は僕の目を見据えると、 「陽一君が手に入らなければ誰でも同じ」 と、まじめな顔をして言った。そして続けて、 「僕はね、陽一君に出会ってから、誰にも欲情できなかったんだよ。 それまではやっぱり僕も若い健康な男子ですから?  欲情はしますよ? でも僕は乙女心って訳ではないけど、 ずっと、ずっと待ち望んでいた運命の番に綺麗なままの僕をあげたかった…… だからずっと、ずっとこの思いは大切にとっておいたんだ。 でもさ、陽一君に出会って、それがぴったりと無くなったんだよ……」 「え? その大事に取っておきたいっていう乙女心ですか?!」 「違うよ! 欲情だよ! 最初は陽一君に対する父性愛で産後の母親のように ホルモンが変わってやる気が起きないっていうあれかな? って思ってたんだけど…… 裕也が現れて、その父性愛も別の形に変わって…… でもやっぱり誰にも欲情しなかったんだよ。 そのうちに陽一君に対する見方が今までと違うことに気付いて、 気が付けば陽一君にしか欲情出来なかった。 それが怖かった」 先輩がここまで告白するころには、 先輩の話を聞いていた皆は何も言い返すことが出来くなっていた。 「結局はさ、陽一君に会うたびに情欲してしまう僕自身が怖くて 陽一君から逃げたんだよ。 このままでは陽一君を傷つけてしまう。 最悪の場合、陽一君をレイプしてしまうかもしれない…… こんなに大切に、大切に守ってきた彼を、 自分で傷付けることは許せなかった。 だから陽一から嫌われる前に自分から離れようと思ったのさ。 結局は罪悪感に負けてしまったんだよ。 そしてそこに丁度いい具合に詩織が目の前にいた。 だから利用した。陽一君と離れるために……」 「鬼畜だな~ お前のその手段を選ばないってとこ、 小さい時から変わってないよな。 お前の陽一に対する想いは良く分かった。 でも俺も一応父親だからな。 陽一の事はお前よりも愛している自信はある。 だから俺も陽一を守りたいのはお前と変わらない。 もし、そんな態度を陽一にしたら、 遠慮なく消させてもらうから」 お父さんのセリフに、先輩は深々とお辞儀をした。

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