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イナイミネーション
青いイルミネーションの洞窟を抜けていく。幻想的なバック-グラウンド-ミュージックが流れている。周りにはカップルと家族連れが多い。女同士、男同士、とにかく1人だけのものはあまりいなかった。
「えちご?」
不可解な単語を耳が拾い、理由や動機なんてものはすぐに浮かばず振り返る。同年代の知らない男が立っている。彼は「違った」と呟いて、ふいに目元を歪ませた。踵を返し、しまいには顔を手で覆う。
「宇野か」
こちらからも訊ねてみた。啜り泣いている見ず知らずの男が振り返る。青だの白だのピンクだののイルミネーションに、濡れた頬が炙られて光り、削げて見えた。
「違うよ」
震えた声に聞き覚えはある。しかし思い出せなかった。寒い空気に掴まれている指先に誰かの体温が残っている。何も思い出せはせず、また忘れている意識もない。
「事故には気を付けて帰れ」
とんだ変な人がいるものだと、聞く者が居れば思っただろう。真っ直ぐその脈絡のない忠告、気遣いを投げかけられた本人も戸惑ったはずだ。言った本人も狼狽えている。
「その時は、守ってね」
青い光りと暗い空に濡れた頬が透けているような気がした。人違いを先に仕掛けてきた彼は不審者扱いすることもなく、むしろ便乗する。
「冗談だよ、オレのことなんか守らないで」
白い歯も青い。すべてが青い。暗い空に溶けてしまいそうになりながら青い光りが彼の輪郭を留める。
「でも、ありがとな」
赤い光りが明滅している。暗い空と、耳を切っていく車の音たち。
* * *
2020.12.18
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