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リンゴのかほりモンスター
風呂上がりの俺に、冷蔵庫に用があるこいつは尻尾を振ってついてきた。この尻尾には触れなくて、俺にしか見えない。
炭酸飲料の入ったペットボトルを握ったからいつも熱いくらいの指先が冷えていた。冷たいのに、俺は振り解けない。冷たい。冷える。寒い。……はずだ。
炭酸がシュワシュワ鳴っている。俺は触られたまま凍って、俺の肩にあいつの歯が立つ。
「リンゴの味はしないんだな?」
こいつの友達の女子から、何かのプレゼントとかいってリンゴの匂いの入浴剤だのハンドソープだのをもらった。もう嫉妬はしなくなった。昔なら間違いなくしていた。俺はこいつを好き、こいつは俺を好き。それが今なら分かり過ぎるほど分かっている。自惚れではなく事実として。
「リンゴの匂いはするのか」
「うん!リンゴの匂いする。食べたくなっちゃうな」
食べられるのは、おまえだよ。今夜はきっと無事ではすまない。俺もこいつも。皮ごとシャリシャリ食べるんだ。果汁も残さず全部吸って、赤いところはどこもかわいい。青いところだって、結局好きでたまらない。
「そうだな」
色気のない、こいつみたいな無邪気な香りがふわりと薫った。同じ匂いをさせて、同じベッドで、温もりも同じにしたい。胸の奥が熱くなる。
「お前のこと齧ったら、リンゴの甘い汁、じゅわ〜ってしそうだった!」
へらへら笑っているこいつをただ見ているだけだなんて無理だ。おまえのほうが甘くて酸っぱさもありそうでさっぱりと、美味しそうだよ。
「今夜、食べさせてくれ」
炭酸のシュワシュワが少し静かになる。俺の肩に深く歯が入る。
「いいよ」
本当は俺が皮ごと芯まで食われている。
* * *
2020.12.21
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